宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

2013/02/27

町のワンちゃんに

山のワンちゃんが。

遊びに来ないか、案内するよ

雪の林で、ウサギと一緒にあそぼうよ、大きい足跡は「雪男」まさか、かんじきの跡。

 

京都新聞が情報発信力講座を紹介

H25.2.26.付けで京都新聞に紹介記事が掲載されました。

報道の現場で情報をいかに伝えるか、日夜がんばっておられる新聞記者さんの生の声を聞くことができるチャンスが、いよいよ間もなくとなりました。。

ご講話の後は、上世屋の古民家「合力(こうりょく)の家」の囲炉裏のそばで、世屋高原の幸をいただきながら懇談を深めたいと考えています。

反響が広まっていますので、早急に申し込みをしてください。お待ちしています (*^_^*)     <midorimushi>

上世屋特産のが

2013/02/26
寒波は厳しかったものの今冬最後だろうとの天気予報。松尾田んぼにも除雪車が入ります。

このブル25年もの、

これにかかれば松尾田んぼの雪も横綱の前の前頭!あってなきがごとし(^.^)

一本桜、冬芽が鳥の食害をうけていない、今年は期待できそうと溝口さん。

見頃は毎年4月の20日頃のことです。

ちなみに、この松尾田んぼ、日置からはこのように見えます。

もう一つ、下は2012年4月23日。

 

 

2013/02/26

アザミの花は、一つ一つ雌しべを雄しべが包んでいて、一本一本に管を突っ込めるチョウに対応した花です、と紹介するのがスタンダード。

このアザミ、民話として伝承されてもいます。民衆は、この植物のどの特徴に着目したのか、「針」です。
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あざみ、嫁さんが、あの、アザミの花見て、その花をたとえていうたでひょうきゃあな。

しゅうとばさんや アザミの花は
見ればいろいろ そやいてえ

言うて。見たたかっこうは姑さんちゅうもんもけっこうおとなしげにしてな、あんじょう言うとるけえど、 あんた、やっぱし心の中は、まあ、つりゃあいうことでしょで、そういうていぬるときにいいましたげな。「姑婆さんやアザミの花は」言うて、アザミいう針のきれえな花がありますわな。あれにたとえて言うたらしいです。
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ばあさんどうしが、きいつけなれよ、きづかんかんこともあるだでといさめたり、わかよめさんどうしが、うちもそうだあなあ、と盛り上がってみたりと、アザミも暮らしのコミュニケーションを深めてきたのでしょう。


丹後の民話が調査蒐集され、後世に残されたのはひとえに細見正三郎さんがおられてこそ。この「アザミの花」話しもそのひとつ。「丹後町岩木の道家ひさえさんから、聞き取られたものです。

2013/02/26

尾根筋をくっきりと見せる雪の山。里山ブナ林が保全される内山・高山ならではの味です。


(岩滝 海岸バイパス)

同じ物が同じ形で毎年現れる、その安心感はかけがえのないものです。

人工林に変えるとこの形は崩れます。

(2013 内山尾根のブナロード)

心に刻まれて絵にかけるほどなじんだ山を持つこと、「ふるさとの山はありがたきかな」といえる「私」の山があること、大切なことではありませんか。

あっちあっち、あっちの山見るだで(^.^)

2013/02/25

温室の花じゃないですよ、事情があって出かけた伊予のアウトドア2/24。

(↑ 2/24 伊予市郊外)

さて、『越冬の「ヒメアカタテハ」「アカタテハ」探して今日も棚田を巡る』と朝日歌壇2/25 佐佐木信綱先生選に。

作者は原田権左ヱ門さん。

アカタテハは早春のチョウとはいいながら、「2月25日」は雪国の感覚ではありません。

丹後は、まだ、、、(^.^)、

(2/21 丹後町 丹後松島)

お住まいはとみれば、納得しました、宇和島市。南国には春。梅も盛り。


アカタテハは成虫のまま越冬すると聞くと、「おいおい大丈夫なの、日本の冬をなめるなよ!」と心配になりますが、そこは南方系のチョウ、短い冬、蛹サナギになっているより、すこしぐらいの寒さなら辛抱してやりすごしましょう、という戦略をとっているようです。

丹後は雪国です。けれども、菜の花前線も梅の花前線も、四国をスタート!

(2/21 丹後町 立岩)

菜の花が雪を押しやって、丹後に咲くのは4月中旬。

(2012.4.17 江尻海岸)

四国伊予と丹後は高速道路時間では七時間ですけれど、野の道を辿る菜の花前線はこの間を一月半かけて、北上します。

2013/02/22

弥栄町の雪の朝。

河原でコウノトリが餌をあさっていました。


網野町仲禅寺のカエル池の保全を巡って、なんの意味があるのかと問われたことがあります、豊岡のコウノトリが飛んできたときに食べ物になるようにと答えたことがあります。十何年も前のことです。

丹後に飛来したコウノトリ、活着、定住をさらに加速させそうです(^.^)

コウノトリ君へ

世屋の里にもカエルいっぱいいるので、遊びに来てください。

2013/02/22

どう、わたし

ぼくも、どう


みんなで記念写真!

うちも


わしも

じゃあ、みんなそろって、

「せえのおでぇ!♪みんなちがってみんないい!」

※大根は堅い土にぶつかると変形します。掘り方が浅かったり、土の砕きが荒かったりした事情があったのでしょう

 

2013/02/21

里に雪

道に雪


ブナに雪

柿に雪


カツラに雪

たんぼに雪


やねに雪


見送り傘に雪

※以上20日の世屋

 

現在の木子


昭和27年から30年にかけて、つまり60年前の木子。


撮影されたのは当時木子小に赴任された和田敬之助先生。尾根の形から場所が想定できます。

昭和15年、井本桃軒先生の木子を語った随筆には、戸数50戸、と記されています。

冬の「体育」はスキー!小さな「礼留飛」たちを和田先生は活写されていました。雪原にたっているのは稲木。

「府下有数の世屋スキー場は、木子の前面十町ばかりを距る山腹にありて、成相スキー場と連絡し、太鼓山迄も連絡があり、このスキー場へ来た人は木子に宿泊する事に成って居り、独逸人も来て泊りました。」(「郷土と美術」s15.8)と 井本先生。

※ 和田先生の写真は、藤織り伝承館に展示されています。S34年、木子もまた、大火にあいました、写真なども消失して、先生のお身内の方の保存されていたアルバムが唯一当時を知る手がかりになりました。

また、井本先生は、和田先生に遡って木子で教鞭を執られた方。旧学校前に碑が建てられたいます。「府下有数の世屋スキー場」は、この右上部の尾根から里にかけての斜面。

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