宮津エコツアー · 12月 2012

12月 2012

2012/12/10
丹後行ってきた。


雪景色が素敵やった!

(↑左側の雲が雪雲)

船も楽しかった!


それと 「赤止まれ、青進め黄注意」 それが信号やろ

うむ

丹後の信号変わったのがあったで、

どんなんや、

白信号!

どうせえいうんや(^.^)

丹後にいってみよ!

 

2012/12/09

お!

さる!

次々とサル。

あーらよっとジャンプ、これぞ「猿飛」、


安全策で泳ぐもの。これは「猿渡」


森から出て川をこえ、「餌場」へ向かうのです。

付近の魚付き林に生育する群れです。餌は、雪の下から顔を出している田んぼのひこばえや冬野菜です。


餌のなくなる冬はつらい季節です。危険も犯さねばなりません。

(↑ 12/10 伊根町日出付近)

人と共に暮らす知恵と覚悟のあるものが生き残れます。

ニホンザル(哺乳綱サル目(霊長目)オナガザル科)は、人と自然の共生を前提に安定的維持を損なわないよう動向が調査されている生き物です。

京都府には、ニホンザルが40の群れ、数にして1600~2000頭ほど生息しているとされています。

(↑ 11/8 丹後町宇川)
そのうち、丹後には:6群程度(丹後A,B,C群、伊根A,B群、宮津A群)が分布し、全体の個体数は190~280頭と考えられるということです。(京都府特定鳥獣保護管理計画より)

ここはお猿のいるところです。

(↑11/16 伊根船屋公園付近)

人も、お猿とともに、暮らす知恵を巡らし覚悟をしてくらしています。

雪化粧した山々、粉雪が舞う天橋立、恒例の一斉清掃を府中船越と文珠側で行いました。

実行の可否に直前まで迷う荒天。天橋立を守り、世界遺産登録を目指すなか地元民、企業、少年野球チーム、中高校生、役所などから約900名が出動し、一丸となって落葉の回収。回収松葉等約12トンは、リサイクルを兼ねて近くのブドウ農園へ運ばれました。

府中地区は綿帽子

集合場所

毎年参加の高校生 クラブキャプテンに先生から要領説明高校生は磯清水から府中側担当 集めたものを袋詰め

2012/12/09

柿やダイコンが軒先にぶら下がる光景は寒い季節の風物詩。

(↑ 2008.12.2 上宮津)

なにもない時期をしのぐ知恵です、餅も肉も魚も、およそ乾かせるものは干しました。
水は流れを止め、雨だれは氷柱へ、波立つ水面は固い氷へと姿をかえます。

(↑ 2012.2.5 銚子の滝)

そんな暮らしや自然現象を形にしたのが、漢字の「冬」という文字だ、といいます。
つまり、冬、という漢字、下の部分の<冫>(ニスイ)と上の部分の<夂>の二つの部分の組み合わせです。下のニスイは、「氷」を意味していて、上の<夂>は食物を糸で結んでぶら下げた形ということです。

(↑ 2008.12.25 上宮津)
一方、「冬」の訓読みの「フユ」。おおさむーぶるぶっと体が「ふるえる」という意味の「振ゆ/フユ」の名詞化、という説に説得力をかんじませんか。

(↑12/8)

まだ12月の初旬なのに寒波の南下を伝えて、おおーさむー!

(↑12/8 駒倉林道  ↓ ばっさか 宮の下付近)

にぎわった夏の海、人影が消えた砂浜、はるか彼方を望む「青い海と空」

冬季に生長する天橋立  さらに伸びた大天橋 10/31 約35m、12/3現在約41m

2012/12/07
加悦についた!


ちょっと休憩!


ほう!


ふむ!

ほ!

、、、、、ということです。加悦の道の駅は、丹後観光のもう一つの入り口です。ここでも、「ここよみ」快く置いてくださいました。

「丹後は一つ、おたがいにもり立てて行くことが大切です。」と。

また、間人の道の駅、てんきてんき村にもおいていただいています。

2012/12/07

どよもす海鳴りを聞きながら、琴引浜の人たちは言い交わします。

(↑ 13;22)

がんばってくれとるなあ!


ほんまに、この波があればこそだ

風は、波になって砂を磨く。

、、、知る人ぞ知る鳴り砂の秘密です。


風は、雪になって山に吹雪きます。

(↑ 世屋のバッサカのカツラ 16;10)
野間の柿に雪、

(↑ 野間の柿 15;14)
世屋の棚田に雪。

一年の内最も気温が下がり夜が短くなる時を冬、逆を夏、その間を春と秋、この四季は、地球と他の天体の軌道の一致が原因、つまり衝突、それが地球の地軸を傾けてしまったことによって生じたといいます。月もその時生じた破片によって作られたのだとも言います。


宇宙の神秘をかいまみせてくれる丹後の海と山の冬の始まり。

(↑ 里の雪暮れ 17;11)

ちなみに、12月6日の衛星画像と天気図。

2012/12/06

六地蔵さん裏のイチョウの木の葉が、風に頼みました、


「宮の下の棚田に運んでおくれ!」


「友達がいるんだ」

黄色い葉に向かい合っている、黒い土に張り付いている緑のコケ。形がイチョウの葉に似ています。

そこで「イチョウウキごけ」となづけられました。

イチョウは、「イチョウウキごけ」に会うために飛んでいったのです。

2012/12/05

冬、日本の女たちは、ツルになりました。様々な素材を糸にして布を織ったのです。藤のツルを糸にした織物を織り続けていたのが、上世屋の女たち。そんなお婆ちゃんたちと、時代と子どもを見つめて定評のある児童文学者川北亮司さんがであったのは30数年まえの冬のこと。

(↑ 撮影 川北氏)
その出会いを
「藤織りというのは、いまから二千年以上前の大昔(弥生時代の中期)から織られていた古代布の一種です。
古代布というのは、草の皮や樹皮の繊維を利用して織った布で、大麻、苧麻、ヤマフジ、カジノキ、シナノキ、クズ、オヒョウなどが、よく使われたようです。

藤織りは、藤づるの繊維を使って織った布ですから、その歴史がどれほど古いかがわかります。
そんな粗い繊維の古代布は、中世になると肌ざわりのいい木綿の普及で、つぎつぎに姿を消していきます。
その後、古代布は山間地ではわずかに残っていたものの、すでに日本中どの地方でもすたれ、技術も伝承されていないと、ぼくは思っていたのです。

(↑ 撮影 川北氏)

そんな布を、いまでも織りつづけているお婆さんたちが、上世屋にいると聞いたときは、本当に驚きました。
生きているシーラカンスを見たという話と同じような衝撃でした。」
その川北さんが、ご自身のブログに藤織りを取り上げた連載を始めるという情報が入ってきました。

藤織りは、井之本さんたち保存会の皆さんのこれまた30年もの月日をかけた営みによって、未来への贈り物として伝承に成功しています。生きていた奇跡と未来につながる奇跡、二つの奇跡の意味を子どもたちに伝える試みになると思います。
タイトルは「京都丹後/藤布物語」。予定は10回。
、、、、、、
川北亮司のブログ – Yahoo!ブログ
藤布織り」について、何人かの方から要望がありましたので、ここのブログで連載して みようと思います。 ただ、連載となると、それなりの準備が必要になります。 ということで 、きょうは「やるぞ!」という予告だけです。(笑) … 川北亮司
blogs.yahoo.co.jp/rk7878rk で、ご覧いただけます、、、、、、

ちなみに川北さんが書いていらっしゃる児童向けの本たち。

子供の本(児童文学・絵本など) [編集]

2012/12/05

世屋の里の積雪情報を、今年もこの積雪計が伝えます。

「ソバを蒔くときはがっしゃあ暑かった!ソバはよおけ穫れた!

よめさんもようけとんどる! ツバメがいんだのがどうだったか気がつかんな!たるいかが日置から養老にかけてよおけあがっとるいうだにゃあか!」と言うのは小川M君。冬の雪予兆を尋ねた質問に帰ってきた答え。五分の四は、大雪予兆。どうも三年続きの大雪の可能性を想定しておいた方が良さそうな気配です。

、、、、

今夜は暴風警報が発令されています。

お気をつけてください。

 

 

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