いち早く芽を吹いて春を告げていたカツラの葉は深い緑に、
新しくケヤキが芽を出しました。
苗代では覆いが外されて田植えを待つばかり。
世屋バスからは、こんな光景に触れることができるんですよ、
、、新緑や のって損なし 世屋のバス 世屋野蕪村
この角度から見る里が好きです
舞鶴の青葉山が若狭湾越しに遠望できて,また上世屋のすり鉢地形の底に民家が密集する独特の特徴がよくわかるからです。
!この段々畑を営んでいらっしゃるのはKさん。荒れていたものを蘇らせてくださったおかげでこの景観を見ることができます。
そのKさん、阪神淡路大震災に神戸で遭われたということです、その体験は想像を絶します、しかし、その傷をこの景色と、土が癒やしていることは想像することができます。ちなみにこの畑には、今年の春野菜類が10種類以上育てられているということです。また休憩所裏のモミジ林からこの畑につながる小径の復活を今試みています!それができると、合力の家→岡の前→休憩所→銚子の滝→秋葉山→本丸→馬場→合力の家を結ぶ「上世屋トレイル」コースがつながるからです(^.^)
機械対応のためにリフォームされた棚田。機械化なくして生産性向上なし後継者もなし。その決断はやむをえないこと、そして新しい棚田も美しいものです。
(↑ 中津川市落合)
一方、比較すべきものではないかもしれませんが、同じ棚田でも等高線型を残した棚田、

笹葺き屋根とトタンをかぶせた屋根というのか、、、、大きな違いがあります。
圃場整備を拒む、積極的にこの形を維持すると言うことではなかった、した方がいい、楽になる、望ましいという思いもあったと聞いています。なのに幸か不幸か実現しなかった、減反方向が強まる中でやったぐるみ米作りにどれだけ効果があるか先が見えない後継者対策の切り札になるような土地柄でもない、自分たちの代で米作りは終わり!やらない、幾つもの思いが交錯し地形的に事業に必要な面積や人ができなかった。つまり、二の足をふんだということです。ぐずぐずもたもたしているうちに機を逸したということかもしれません、、
この決断しかねた悲しいほどのぐずぐずもたもたが後に素晴らしいと評価されることになるのですから、それは運命のいたずらなのでしょうか、隔絶水源集落の棚田に無農薬栽培の可能性を探る飯尾醸造さんとの出会いもあり、今日この等高線型の旧来の形の棚田が維持されています。、、、、、、、、、一度リフォームしたら同じものはできません、、、遺産として委ねられたかけがえのないもの,あらためて感じました。
今を盛りと咲き誇るレンゲツツジ、、
燃えるように赤いといいたいところです。が、控えます(^.^)昭和19年、村の全焼という大火災の歴史をもつ上世屋では、火に関する表現や火気の扱いは要注意なのです。

それなら、、、この赤を血のように赤いではないし、太陽の塊のようなといったら近いのでしょうか。ともかく溶鉱炉の中を覗くような、、、これもグレーゾーン!難しいですね。
ちなみに、この木の大きさ。宮津には巨樹リストがあります。、レンゲツツジは、リストの対象にはなってないようですが、もしそうなれば間違いなく上位にランクされるはず。
また、里には黄花種の巨木もあります。こちらの木は、松尾から移植されたものだそうです。蜜をたっぷり持っていて、ツュッツュッと吸いたくなる花ではありますが、世屋での呼び名は「舌曲がり」。人には有毒成分を含んでいるので×です。
おひさしぶりです、おかわりないようでおげんきでなにより、、、、こんな挨拶がいちばんうれしいです、。さあそれがいなぉびょいんいってぇまあおおごとだったんですわなぁ、まんだここがいとておもうようにあるけんですわなぁなんて話になると辛いです。
さて、5月も中旬へ、
(↑ 里山暮らし塾 コンニャク栽培予定畑)
世屋の里でも、{おげんきでなにより!}そんな挨拶を交わすお友達との再会が続々と。
ウスバシロチョウ。
ミツガシワ。いずれも、氷河期が去ったあとも寒冷な丹後半島、ここがええと残ってくれた種類です。その気持ちがうれしいじゃないですか(^.^)
農薬ぶっかけられましてなぁとか大地をめくられ削り取られてふみつけられましてなぅ、、そんな悲しい話を聞くことなくつきあいを続けたいですね。
修正されました、、、大ふけ湿原の説明看板、、、湿原の出来方や植生についてわかりやすく解説したよくできた看板です。ただし、、、一部、用語や植物名に疑問標記が、、、。だったので、このたび、それを修正していただきました。
油性マジックでちょこっとでなくハードにしっかりと、、植物が「生息」するも「生育」に訂正されて、
さすがに役所のお仕事。これで、案内したときにも、,,うれしくはなったのですが、,,,(´・ω・`)、
トキソウととうぎぼうしの合体植物だった「ときぼうし」を分離して「トウギボウシ」にしていただいたのはいいのですが、「トキソウ」はどこにいった?なのです、、、
ちょっとぉ、たのむでぇ(`ヘ´) とトキソウが申しております。
※H13.7.29 ブログ参照
それはそういうこと、現在、ササ刈りなど湿原環境の回復が試みられています。
快晴の空に雲三つ。その真ん中の雲の真下の山、つまり内山ブナ林に登ってきたのです(^.^)
登ったのは大宮南小新五年生25人。
9時出発、12時40分帰着。
マイクロは京丹観光。ブナハウスまでの道を上ってくださいました。

さて、この学級との縁は昨年12月に嶋田さんが、ふるさと発見学習「米米プロジェクト」の一環として里山の森と米作りの関係について写真を使って特にブナ林を例にお話をされたことです。※ブログ参照、、、、
(↑ 五十河田んぼ 3/9)
第三小と第二小の合併でできた南小、旧第三小校区で取り組まれていたブナ林観察ウオークが振興局の援助もあって季候のいいこの時期に実現したのです。
こういう経過ですので、お題は、「米を育む水は森から、森は緑のダムというのはなぜか、ダムが山にあるのかどうかを探りたい」
新緑の森を体感してもらいながら、草や木とたくさん友達になってもらうことを心がけて案内させてもらいました(^.^)
ブナたちも大歓迎、緑の正装でみんなといっしょに記念写真に収まってくれました。
12時20分帰着予定が20分延着、、、これは反省点。積極的に質問されるし、またそれがうれして一つ一つ応えるだし、急斜面の上がり下りにてこづることもさんもあったり、、(^.^)
それはともかくエコツーリズムの柱の一つ、環境教育への貢献、その意味をかみしめました。
人は、産土神から生まれ産土神の元に返りまた産土神の手によって再び蘇る、私たちはこう考えています、、、葬儀の祭主の禰宜様はそうおっしゃいました。そんな事情もあって訪れた岐阜県中津川。
美しい棚田が見られるよと案内されたのがここ。
風土の中に息づいていらっしゃる産土神様のお姿が垣間見えるような里山。落合の棚田。
「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる
谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」という文を冒頭におく島崎藤村『夜明け前』の舞台、馬篭の宿の近くです。
五月、
晴れわたった空に朴の葉の柔らかい緑。
その葉っぱもそこに暮らす人の手にかかると、、、ただくるむだけでなく
{輪生」といいますが、枝先ごとまとめてワンセット、(^.^)
しかも、この一枚一枚の大きさ。大人女性の腕はゆうにあるじゃないですか!