宮津エコツアー · yasuda

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なんの影法師?曲がった形はポパイの腕のよう。

ゲンノショウコです。団塊世代でも農村出身の方の多くはすぐにそうそう、ゲンノショウコはなと、子供のころ夏休みにみんなが採集したという経験を話してくださいます。
しかし、この形もゲンノショウコというと時期がずれていたためなのでしょう、多くが「?!」。

花のあと種をはじき飛ばせた形だと説明すると「ほう!」  御神輿の屋根のようなので、「別名みこしぐさ」と続けると「なるほど」。

副作用のない、優れた健胃整腸剤として、ドクダミ、センブリと共に里山に暮らす人たちの健康を守ってくれた薬草です。

ある薬学系の大学では、「天然物化学系実習」という講座をもうけ
1.代表的な生薬を列挙し,その特徴を説明できる。
2.代表的な生薬を鑑別できる。
3.代表的な生薬の確認試験と純度試験を実施できる。
4.天然物質の代表的な抽出法,分離精製法を列挙し,実施できる。
5.代表的な漢方処方の適応症と配合生薬を説明できる
という目標で学生さんを教育するそうです。若ければうけてみたいような講座です。

 

食欲の秋が深まります。

これ、いけますよ!
炊きたてのご飯にネギを載せ、さらにその上に塩辛を載せ、醤油を全体にちょっとかける!そうぞうできますか?
血圧高くなりそう(^.^)。
問題は素材。

ご飯は、上世屋の棚田米
塩辛は、やまいちさんの塩辛
ネギは、下世屋のお婆ちゃんネギ
醤油は、ミヤケ醤油、、、、
でなければなりません。世屋の沢の生ワサビ、ちょっと添えてもいいかも。

完璧な「橋北版B級グルメ」。


それに伊根の向井酒造の伊根満開て゜二人寄り添い酒(^.^)

 

 

2012/11/22

山川に風のかけたるしがらみは
流れもあへぬ紅葉なりけり
これはいい歌です、百人一首  32 番歌   春道列樹 作。
彼は、マクロレンズのような細やかなものを見つめる眼と音も聞き分ける繊細さををもっているひとだなと思います。

「風のかけたるしがらみ」とは風に散ったモミジが沢に落ちて石岩や木にかかって流れがせき止められているという状況でしょう。一枚のモミジの葉にせき止められる小川って箱庭のような情景じゃないですか。
詞書には、「志賀の山ごえにてよめる」とあるそうです。晩秋の山越えの道は落ち葉に埋もれています。落ち葉を踏んで歩く音、!小さな流れは沢に続いて沢音も聞こえてきます。


現代に蘇るなら、NHKBSの自然番組のディレクターになるような人なんでしょう。

(↑ 写真は世屋観音渓流)

そしてもしそんなことがかなうなら、そのディレクターさんにはぜひ世屋の里を案内したいものです。

 

2012/11/22

ソバを刈り取った畑を打つてるみさん、


なに植えるんですか?

なにうえるだにゃあ
春になってらくなんですわ

と、いうのは?

雪が解ければジャガイモを植えます。一度起こしておけば草は生えにくいし、重たい雪に押さえつけられた土は固くしまって起こすのに難儀をする。、、、、

春のことを考えた仕事でした。

2012/11/22

ソバは刈り取られ、木々は葉を落としてあとは雪を待つだけ

そんな初冬の野に咲くタンポポ・、

あんたなあ 何で今頃咲くんだ?チョウチョもミツバチもいないじゃないか!
「チョウチョってなに?」
あんなあ、あんたたんぽぽでしょ、チョウチョしらないの!
「わたし、虫いらないもの。」
じゃあなんで花をつけてるんだ?
「飛んでいかなくっちゃいけないでしょ!」


、、、、、、、
年中咲くので、蝶を知らないというのはあり得ませんが、何ともとんちんかんの会話をしなければなりません。

セイヨウタンポポは,無融合生殖、いわゆるクローンです。花を咲かせる前にすでに胚になっています。チョウチョは要らないので、「花粉」も作りません(※進化なのかそうでないなか分かりません、教えてください)。ところが、当然ながら有性生殖する「異常」な個体もでてきて、在来タンポポと交雑するというまか不思議さがあるといいます。

導入は明治初期に北海道に。野菜として導入されたとする説と牛の餌として導入されたとする説があるようですが、どっちでも大差ありません。それよりも薬草としてもマークされているほうが重要かも。漢方では蒲公英(ほこうえい)。解熱・発汗・健胃・利尿があるといいます。
最近ではC型肺炎ウイルスを抑制する効果が認められたり、 変わったところでは  切り口から出る苦い乳液からタイヤの主原料となる天然ゴムを取り出そうと試みるメーカーもあるとか。
葉は、ぎざぎざです。そこでフランス語で「ライオンの歯」を意味するダン=ド=リオン(dent-de-lion)が英語ではダンディライオン(dandelion)。この花、セイヨウタンポポと呼ばれるより、ダンディライオンと呼ばれる方がうれしいかも。

 

2012/11/21

例によってうらにし雲。日本海にできて北西の風に押されて半島を越えてきた雲の端っこ部分。

(↑ 一宮船着き場 20日午後3時)

加悦谷から福知山へ押しだそうとしているところです。加悦谷あたりではは天気雨が降っているのでしょう。
「おもしろい!」と写真を撮る人。

なんでも、笠松公園からは虹が栗田半島の先にみえたそうです。(そうでしょうそうでしょう!)

埋め尽くされないで持ちこたえている空、がんばれ!
バーベルを持ち上げているような山。がんばれ!

「少しだけ希望を残して日本の空。」

2012/11/20

「ここよみ」秋冬版ができています。

土産物屋さん、ガソリンスタンド、橋立ワイナリー、ソバやさん、ニシガキマンション事務所、コンビニ、喫茶店、パン屋さん、ホテルロビーなどに置かしてもらってきました。人が集まるところは快く置いてくださいます。

なにしろ8000部あるということです。お客さんへの有力な情報チャンネルとして生かし切りたいものです。
エコでもなんでもツーリズムは「つながりずむ」です。橋立YH、エコツー事務局にあります。

その「ここよみ」を受け取りに橋立YHにいったときです
鉢に出ているかわいい芽をみせてくださいました!  5㍉ぐらいのやさしい双葉です。


「これナデシコじゃないですか!」
薬草観察会に参加していただいた時にお土産代わりにお渡しした「世屋ナデシコ」が芽を出していたのです。小さな種も、世屋のつながり親善大使として大きな役目をしっかり果たしてくれています。


京都や福知山へもらわれていったナデシコもこのように芽を出しているのでしょう。

 

京大阪江戸、、、商業大都市の暮らしに要した大量のシバと炭を供給したのは近郊の山間部は言うに及ばず、四国は高知の山間の村にも及んでいたと資料や絵図を示しながら話してくださったのは、キノコ観察会での佐久間先生。

丹後半島山間部の高地里山集落の案内をしていると、消えた村跡をまえに、どうしてこんな不便なところに村が拓かれたのかと問う人も多くなっていますが、山に住み着く必然性は、確かにあったのです。

しかし木子にも世屋にも、往時をしのぶ記録資料がほとんど残っていません、大火にあったからです。それが隣村、野間には残されていて、しかもカレンダーに生かされているのを見ました。


昭和10年代の味土野、昭和32年の吉野など、いずれもたたずまいの整った大村であることを今に伝えてくれています。歴史文化の解説を付けて、野間公民館文化教養部の皆さんの手によって作られています。

世屋村とは婿入り嫁入りの血縁関係でつながった野間村の貴重な記録です。
ガラシャ夫人が隠棲された味土野高原は高山山頂から見える金剛童子山中腹にあります。

ここで村の古写真を示すことができれば、どのようなところですごされたか具体的にしのぶことができます。

お問い合わせは野間基幹集落センター(℡0772-66-0002)まで。一部500円、ただし2012年は残り一ヶ月。そのつもりでお求めください(^.^)。

あれ、あなたは!

降雨のためコース変更、上世屋へ下りた分水嶺紅葉トレッキングに参加された方でした。

「はい、五十河から越えてきました」


新観音の先、駒倉道分岐のあたりでのこと。

エー、一人で!
「もらった地図が役にたちました」
はーあー!
「紅葉がとっても素敵でした」

おそらくこんな道を歩いてこられたのでしょう

いやそれにしても越えられるために山はある!

「日置へ下ります!」

風のように駆け下って行かれました。

 

17日、里山ネットワークせやの「里山のキノコ観察とお話」に参加させてもらいました。

講師は、大阪市立自然史博物館学芸員の佐久間大輔先生。
こんな時期にきのこなんかあるのだろうか、と半信半疑ではあったのですが、あるはあるはフサタケ アカチシオタケ シジミタケ モジタケ ロクショウタケ クヌギタケ ヒラタケ、、

(↑ あいにくの雨にも関わらず熱心に説明してくださる佐久間先生)
「この丸いつぶのようなもの、これキノコです、シジミタケ、こっちにも別のキノコいますよ、このみどりいろの、これロクショウタケ、キノコというのは植物の花のようなもの、根を張って茎が育つように、菌糸を張って田をよせつけない状態を作っている、こちらにはキクラゲ、、、、キノコの毒というのは基本的には虫対策ですよ、。人にとって毒と薬は紙一重、、食菌が有毒キノコになることもある、キノコ観察にいい時期は、梅雨明けと秋の長雨があけた頃、、、」

一本の枯れ枝を手にそこに生育しているキノコの名前や生態や可食、不可食の別などわかりやすい説明に引き込まれました。

(↑ 午後はプロジェクターを用いてキノコと人のつきあいについてのお話)
私たちが世屋の里で試み中のエコツーリズムはエリアが山であっても、絶えず海への意識を忘れてはいけないとおもっています。海と山を結ぶのは、最終分解者の菌類ですから。キノコのややこしさにはさじを投げ気味であったのですが、粘り強く関心を持とうつとあらためて思いました。

 

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