宮津エコツアー · 11月 2013

11月 2013

キクラゲはキクラゲでも、こちらは「銀耳」、シロキクラゲ。

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形は花ビラのようで、「木耳」と呼ぶキクラゲとは、 違いがはっきりしています。

目も「シロキクラゲ目」と「キクラゲ目」に分かれます。

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ただ、軟らかくてゴムのような感蝕は同じ、、 汁物に使ってみましたが、これが高級食材!というほどの感動(^.^)。

「ぼく、おいてくれませんか」 と宮津・浪江書店さんへ。

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「宮津の小学校は、光村じゃないんだ」と衝撃の事実。それでも買い取ってもらったうえ、「店のものが伊根方面を周るのでもっていかせましょう(^.^)」

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「FM丹後」にもアピール。

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図書館情報の放送枠があるということ、そこで取り上げてもらえたら最高(^.^)

宮津B1グルメカレー焼きそばも食べにいきました。

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宮津に来られたら、ぜひ「カレーや生そば」※パソコンはカレーと焼きそばの合体の美味しさを知りません(`ヘ´)

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就活なみの飛び込みアピール! 宙一君、なかなかの根性をしています!

※宮津・与謝地方の小学校国語教科書は、東京書籍さんでありました(^.^)京丹後市は光村図書です。

※「写真左上の丹後丹波book」には、木子の自給自足さん、日置のビオラビットさんが取り上げてありますよ。

世屋のモミジがおかしい!

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黄色い!

よくて濃いオレンジ止まり。

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「紅葉のしくみ-その観察と実験」は、紅くなるしくみについて  「アントシアニンの合成には、温度と光の条件が重要です。1日の最低気温が8℃以下になると紅葉が始り、5~6℃以下になるとぐっと進むといわれています。鮮やかに紅葉するには、日中の気温は20~25℃で夜間は5~10℃になり昼夜の気温の差が大きいこと、空気が澄んで葉が充分日光を受けられることや、大気中に適度な湿度があって葉が乾燥しないことなどが必要です。」といいます。※www2.tokai.or.jp/seed/seed/seibutsu12.htm

昼夜の寒暖の差についてみると、宮津では、25日で 最低気温7.1   05:06) 去年より+1.8  11月中旬並 。それに対して最高気温 11.1 ) 02:05) -3.0  12月中旬並。  差は4度。余り大きくありません。ずうっとこういう状況で推移しています。このあたりに原因があるのでしょうか。

 

「山道に 静かに赤い 一粒の 冬の苺の 心染み入る」

と 「おらが短歌の手帳」 さん。 ※ww51.tiki.ne.jp/~thynr/04tanka.htm   全くその通り(^.^)

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手帳さんは山口県は瀬戸内海の上関町祝島の方、本州では関東以西、台湾にも分布ということですから、温帯でも温かい地域が好きな植物です。

「フユイチゴの葉には鳥の糞がよく付いています。餌が少ないこの時期の鳥たちにとって格好の餌となるのでしょう。」と中西正一さん。

※www7a.biglobe.ne.jp/~sasayaka/sub73-63.htm

さてフユイチゴ、人も利用できます、一番はジャム。  「 1.ゴミや汚れをきれいに水洗いして落とす。    2.鍋に実を入れ、少々の水を加えて沸騰させる。    3.アクを取り除く。    4.煮崩れてきたら裏ごしをかけて歯触りの悪い種と固い皮を除く。    5.砂糖を好みに合わせて少しずつ入れてゆっくり煮詰める。      (砂糖の量は重量比で1/2以下が適当。薄味で良い。)    6.少しゆるいぐらいで火を止める。」好みで、レモン果汁、赤ワインを加える。  と「何有荘のblog: フユイチゴのジャムの作り方」。※ pub.ne.jp/kayusou/?entry_id=2541213

食糧をしっかり準備して冬を迎える、それは里の暮らしの常識でした。

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干し柿作りも冬への大切な仕事です。

けれども里の人は、小鳥への心遣いや、来年への期待を込めて全部取り尽くしませんでした。

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(↑二枚 大宮町森本にて)

そうして梢に二つか三つ残されている実のことを木守柿(こもりがき)」といいました。冬の季語です。

「どの径を 行つても着くよ 木守柿」  鬼頭桐葉

「木守柿 たちまち深む 山雨かな」  石川 克子

最近は、多くの木がなっても採られないまま鈴なり状態。木守柿の見られる木が少なくなりました。

 

「5月末から6月にかけて、散歩の途中甘い芳香に誘われて近づくと、白と黄色の花を同時に付けるスイカズラと呼ばれる花と出会う。」と www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/5106/sub172.htmさん。すごい嗅覚!けれどゆっくり歩くとそうなのかもしれません。その花がつける実がこれです。

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これから冬、ですけれど実の横についている葉は落ちません。寒いのにまあよう葉を落とさずに!という感動から、「忍冬」。

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この実で果実酒、というのは聴いたことがありません、花の「甘い芳香」が酒には向いているようです。
そのノウハウと感想「スイカズラの開花期に花とつぼみをとり、容器に入れて、金銀花(きんぎんか)100グラムに対して1.8リットルの割合でホワイトリカーを入れて、砂糖を金銀花(きんぎんか)の3分の1程度入れて、1ヶ月以上熟成させます。
美しい、淡黄色の忍冬酒(にんどうしゅ)が出きます。特有の甘い香りはすばらしいものがあります。また、みりんに浸漬けてもよいでしょう。
忍冬酒(にんどうしゅ)には、利尿作用があり、膀胱炎、腎臓病、各種の皮膚病、強壮、強請にも効き目があるとされます。」

こんな香りと薬効のあるものなら、シャーベットにもなり得るでしょ、来年の、『ウオーク&ウオーク』のテーマですね。

取り入れもすんだ!

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スノーポールが立った

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積雪計も立った、、、

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1年の暮らしぶりを物語る砥石を濡らすうらにしの雨、、、

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休憩所の訪問・交流ノートにこんな一句を認めておいてくださるお客様がいらっしゃいました。

「冬ざれて 里に生く人 とほとけれ」

冬ざれ は  草木の葉も落ち冬の眠りにつこうとする様子のこと。

「冬ざれや 木々数うべき 筑波山」 与謝 蕪村

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「冬ざれや 梢に赤き 残し柿」 世屋野蕪村

「かの日よりぬけがらの街冬ざるる」  寺杣啓子

 

山でであうと何とも風格のある生き物です。

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遭遇し、カメラを向けても、何しに来た!といわんばかり。

おちついた風情で、身を隠すことなく土を掘り、餌をあさってらっしゃいました。

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、お召し上がりになっているのは、クズか何かの根っこのようです(^.^)

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「春期(5、6月)にタケノコを、夏~初秋期(7~9月)に双子葉植物を最も多く採食すること、秋期(10~12月)に堅果類および動物質、晩秋~冬期(11~4月)に根・塊茎の採食量が増加する」( 環境省特別鳥獣保護管理計画)ということ。

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ちなみに世界に広く分布しますが、ニホンイノシシは固有種とされています。  積雪深30cm以上が二ヶ月、70日以上続くとさすがに生育出来ないそうです。

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また、朝、荒らされていたことに気づくので夜行性かと思います。人様の物をいただきに上がるのは昼間は気が引けるようです。しかし、本来は昼行性、餌探しは基本的には日中にします。

下世屋で、ふるさと会議世屋企画の、細川ガラシャさんに関する紙芝居と講演の会が催されました。、、、、、

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いきなりですが、おたまさん、「 繊細な才能と天ぴんの才による知識において超人的」であったと伝えられているそうですね。 イエズス会宣教師フロイスさんも 「彼女は多くの質問を修道士に持ち出し、さらに霊魂の不滅性、その他の問題について禅宗の幾多の権威をふりかざして反論を試みたが、修道士は彼女の頭脳の敏活さに驚いて、後ほど、自分は過去十八年の間、あらゆる宗派についてこれほど明晰かつ果敢な判断ができる日本の女性と話したことはなかった、と漏らしたくらいであった」と高い評価を与えています。

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お玉さんの賢さ、聡明さはマリア・キュリーさんレベルだった(^.^),、そんなことでふと思いました。    明智たまさんは、1563年うまれ。その二十年前に 地動説を残してニコラウス・コペルニクスさんが没っしてらっしゃるのです。その当時日本人は月がなぜ満ち欠けするかについて「月には三十人の羽衣を着た天女がおり、十五人は白衣、十五人は黒衣を着て、毎日入れ替わり制で月に立っているのだ」、と信じていたといいます。   お玉さんもおそらくその域にあったのでしょう。そんなレベルのお玉さんに、修道士たちは、「宇宙の中心は太陽、そのまわりを地球をはじめとした惑星が回転している」という宇宙の姿を説いたのです。 お玉さんはそれをどう受け止めたのだろうかと、、、、、 敏活な頭脳の持ち主にとってそれは[正しいこと]と衝撃的に理解できたのではないでしょうか。 関白秀吉さんも、その限りにおいては海外事情に耳を傾け大坂教会にも通ったということです。

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(↑ 宮津市役所横広場)

しかし、宣教師のあとに西洋人が大軍を連れて支配しに来るという話から、キリスト教布教は拒否されることになります。  一方、お玉さんには、政略政争に振り回され、親も夫も神も仏も救ってはくれない不信と不安の日々を過ごさなければならなかったという特別な事情がありました。繊細な感受性の持ち主だったとも伝えられます。絶対的な安住を求める気持ちに傾いていったことは容易に理解できます、、、

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会場が下世屋で、というのは、逃避行が下世屋経由であったと語り伝えられているからです。 下世屋を中心にある前野姓は,かって美濃地方からやって来た一族だということです。明智光秀さんも美濃は土岐氏の流れといいます。お玉さん輿入れのさいの付き人たちの一族なのかなと想像します。なら、危急の時、前野一族の皆さんが守護にあたるのは当然などと思いました。

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※ 前野氏入世屋の経過、細川家との関係、本能寺の変後の動き方などに関しては、『私たちの小さな宮津 松尾史』(小谷信一郎氏編)に納められた「丹後前野氏簡易年表」での前野勝志氏の論究が興味深く一読をお奨めします。

細川ガラシャさんの話、想像の余地の多い話なので、海外文化との出会い方の一つとして、つい想像の世界に引き込まれました。

「細川ガラシャ 日本の歴史 雑学の世界」 www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den110.htm  が詳しくておもしろいです。

下世屋の金さん。※

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上世屋の金さんと同い年。梅本勝治さんの寄贈になるものです。

紅葉を明かりにして読書です。

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石工さんはどうなんでしょう、下世屋にも石工さんはいらっしゃったのでしょうか!

※11/24 旧下世屋小学校 世屋地区公民館にて

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