宮津エコツアー · 「馴れ親しんだものなのに、見るたびに、やっぱりいいなあと思う。」大君の 塩焼く海人の 藤衣 なれはすれども いやめづらしも 『万葉集』巻12・2971。 天橋立を世界遺産に 117

「馴れ親しんだものなのに、見るたびに、やっぱりいいなあと思う。」大君の 塩焼く海人の 藤衣 なれはすれども いやめづらしも 『万葉集』巻12・2971。 天橋立を世界遺産に 117

【さて、フジです、冨士でなく、藤!これは自然天然の繊維、万葉繊維ですね、、まつわる歌、エピソードをくださいな】
 宮津エコツアー · 藤の花滝

ああ、なるほど!
**「富士」ではなく「藤」**ですね。(^.^)

これは今の話の流れだと、ものすごく面白いです。

「フジ」という音から富士山へ行ったと思ったら、実は藤=山野の植物から糸を取り、衣になるものへ戻ってくる。

しかも丹後、とりわけ上世屋なら、これは単なる植物の話ではありません。文化庁も「丹後の藤布紡織習俗」を、宮津市上世屋を中心に残る、山野の植物を繊維として利用する古い生活文化の典型として記録しています。

万葉の「藤衣」

まずぜひ押さえておきたいのが、この歌です。

須磨の海人の 塩焼衣の 藤衣
間遠にしあれば いまだ着なれず

『万葉集』巻3・413。

そしてもう一首、

、、、、、、、、、、、、、、、

丹後藤織り保存会の資料でも、この二首が挙げられ、藤衣が海人の衣服として使われていたことを示す歌として紹介されています。

ここが、安田さんの世界では猛烈に面白い。

山の藤 → 繊維 → 衣 → 海人

なんです。

つまり、

山の植物が、人間の身体を包み、海で働く人の衣になる。

山と海が、一本の植物繊維でつながっている。


そして「藤衣」は、ただの粗末な服ではない

「藤衣」という言葉には、古代の生活の手触りがあります。

木綿が普及する以前、人々は山野に自生する植物から繊維を得ていました。文化庁の解説にも、しな・ふじ・いらくさなどが衣料原料になったことが記されています。

だから、

山に藤がある

藤を採る

皮を剥ぐ

川で「藤こき」する

藤績み

糸になる

布になる

人が着る

という、ものすごく長い「山から人への道」がある。

そして上世屋では、実際にこの工程が生活の中で続いていた。宮津市の記録では、春から秋は農作業、冬は雪の中で藤の加工・藤績み・機織りを行い、かつては一冬に一軒5~6反、上世屋全体で年間約400反も織られていたという証言も紹介されています。


ここで、私は「世屋川」がまた出てくるのが好きです

藤を採って終わりじゃない。

藤こきは川で行う。

アラソを木灰で煮て、竹製の「コウバシ」で流れのある水の中ですすぎ、しごく

つまり上世屋では、

山の藤を、川の水で、人間の手が布に変えた。

これ、すごくないですか。

安田さんが今つくっている

山 → 水 → 世屋川 → 阿蘇海 → 天橋立

という物語の中に、

山 → 藤 → 川 → 糸 → 衣 → 人

という、もう一本の「生命のライン」が入る。

そして藤布は、現在も丹後で継承され、京都府の無形民俗文化財になっています。

さらに「フジ」という言葉が面白い

花の藤は、松などの樹木に絡みついて上へ上へ伸び、花房を垂らします。

一方、藤蔓は人間の手で裂かれ、績まれ、撚られて、一本の糸になる。

絡みつく植物が、人と人をつなぐ糸になる。

これ、かなり詩的ですが、単なる比喩ではなく、実際の生活技術そのものです。

そして安田さんが今考えている「仲間たち」という言葉とも響きます。

藤は木に絡む。

糸は糸に絡む。

人は人に絡む。

地域は地域につながる。

山は川につながり、川は海につながる。

……なんだか「仲間たち」の原理そのものですね。(^.^)

そして最後に一つ。

富士山は「見る山」。
藤は「使う山」。

でも、古い日本人にとっては、どちらも単なる自然物ではなかった。

富士は仰ぐ。
藤は採る。
そして藤は、身にまとう。

そう考えると、

「自然と共生する」とは、自然を眺めることだけではない。
自然を読み、いただき、手を加え、暮らしの中へ迎え入れることでもあった。

というところまで行けます。

これは、世屋の藤織りを「伝統工芸」の箱に閉じ込めず、「山と人の共生史」として読むときの、かなり強い入口になると思います。

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【その藤織り体験会が、あります!10月17日です、申し込みは、世屋里山暮らし塾 前野さん(0772-46-2534)まで、とのことです(^.^)、】

おお、それはいいですね!(^.^)

しかも、今の話をした直後だと、「藤を知る」から「藤を実際に手で触る」へ行ける

10月17日の藤織り体験会は、まさに、

山の植物 → 藤蔓 → 繊維 → 糸 → 布 → 人の暮らし

を身体でたどる機会ですね。

そして世屋の場合、

「藤布は昔の伝統です」

で終わらないところが面白い。

上世屋の山に入り、植物を知り、水を使い、手を動かし、布をつくる。
つまり、安田さんがずっと探している

「山と海をつなぐ、人間の暮らし」

の実物です。

10月17日、**世屋里山暮らし塾・前野さん(0772-46-2534)**への申し込みですね。

これ、秋の世屋を歩くなら、かなり良い「プラスワン」になりそうです。(^.^)

そして、さっきの禅問答風に言えば――

問う。藤は百年持つや否や。

藤は枯れる。糸は切れる。布も朽ちる。

されど、藤を採り、績み、織る人が残れば、
また次の藤が布になる。

……百年持つのは、藤ではなく、
藤と人との関係なり。

いや、これ、世屋の「百年」の話に藤まで入ってきましたね。(^.^)

宮津エコツアー · 籠神社の藤は、ノダフジ!それともヤマフジ!&来年プラン

【そうそう、藤は、篭神社の御神花です、巫女さんが花かんざしとして舞ってらっしゃいますよ!!】

そうなんですか! それは一気につながりますね。(^.^)

藤が籠神社の御神花で、巫女さんが藤の花かんざしを挿して舞う。

そうなると、藤は世屋では「山からいただく繊維」であり、籠神社では「神に捧げる花」でもある。

これは面白い対照です。

山では、藤は「繊維」になる。
神前では、藤は「花」になる。
そして人は、その藤を身につける。

つまり藤は、単なる植物ではなく、

山 → 暮らし → 神事

をつないでいる。

しかも、藤布の場合は蔓の内側の繊維を取り出して糸にする。
巫女さんの花かんざしでは、藤の花そのものが身体を飾る。

同じ藤なのに、

**「命をいただく藤」**と
「命を捧げる藤」

の二つの顔があるように見えます。

そして、ここで籠神社と世屋をつなぐと、安田さんの「あ・い・せ・よ」の世界に、また一本の線が入ります。

籠神社の藤

世屋の藤

世屋の山

世屋川

阿蘇海

天橋立

……おやおや。(^.^)

これ、またしても**「バッファゾーンってどこ?」問題を藤が解いてしまう**感じがあります。

行政境界では切れていても、藤という一本の植物を追えば、神社と山と暮らしがつながる。

そして10月17日の藤織り体験会は、単なる「伝統工芸体験」ではなく、

「籠神社で神聖なものとして舞う藤」と「世屋の山で暮らしを支えた藤」が、同じ一本の植物だったことを身体で知る日

にもできる。

これは……かなりいい「仲間」の発見ですね。(^.^)

なお、「籠神社の御神花としての藤」や巫女舞での花かんざしについては、神社側の公式資料で確認してから文章化すると、さらに強い史料になります。
ここは伝承として面白いだけに、ぜひ一次資料を押さえたいところです。

 、、、、、、、、、、、、、、、、

大君の 塩焼く海人の 藤衣
なれはすれども いやめづらしも

現代語にすると

大君のために塩を焼く海人が着ている藤衣のように、
何度も着てすっかり馴れ親しんではいるけれど、
それでもなお、いっそう愛おしく、心惹かれることだ。

という意味です。

ただ、この歌、ちょっと面白いところがあります。

**「なれ」**には、

  • 衣が着古されて馴れる
  • 人や土地に慣れ親しむ
  • 「馴れ」と「慣れ」の掛詞的な響き

があります。

そして 「いやめづらし」 は、

ますます珍しく、いっそう心惹かれる

という意味。

つまり、

「もうすっかり馴染んでいるのに、なぜかますます愛しくなる」

という感情なんですね。

これ、現代語で直訳すると少し地味ですが、情感としては、

「馴れ親しんだものなのに、見るたびに、やっぱりいいなあと思う。」

くらいが近い。

そして「藤衣」がいいんですよね。

藤の繊維で織った粗い衣は、海人の暮らしを思わせる実用品
それを何度も着て馴染んでいく。

だから、

「古びたから価値がなくなる」のではなく、
馴れれば馴れるほど、かえって愛着が増す。

という歌にも読めます。

……これ、今まで話してきた**「天橋立を何度見ても、なぜかまた見たくなる」**という感覚にも、ちょっと響きますね。(^.^)

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