宮津エコツアー · yasuda

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「これから、上世屋に本格的な冬が来る。しかし君たちにあえて頼まなければならない。明日にも雪が君たちを埋めるだろう。長く重く冷たい過酷な環境に耐えて、春、花美世屋の里の主役に君たち花菜の花が名乗りを上げてもらいたいのだ。ミツバチもチョウチョたちも期待している。諸君の健闘を祈る。!」と2017/01/06 12:14:45。

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「私たち花菜の花一同は、里山の命たちと花美世屋の命運がかかっていることを自覚し雪の下で冬を乗り越え、必ず春一番に花咲かせることを誓います!」

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~きをつけぇえ!かしらぁなかぁぁ~

そして、冬、寒の入り。

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降り積む雪。

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この間二ヶ月半。

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雪が消えた彼岸のころ、検証実験終了。

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菜の花たちは、ローラーをかけられたのしいかのようにぺしゃんこ。

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そんな彼らでしたけれど、春の日に励まされ支えられるように立ち上がり花芽を膨らませ始めたのです。

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だれも知りませんが、彼らこそ春の勇者。

IMG_6848ミツバチ

彼らが身をもって雪の下に耐えられる種であることを証明してくれたことは、里を菜の花色に染めることができるという未来を開いてくれたことであり、それは環境大臣が「感謝状」をだして顕彰してもいいほど大きな功績なのです。

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また、この花菜の花、湯がいて芥子和えなどにすれば柔らかくて香りもよく実に美味しい、お分けしましょうか!

「紅梅の 母の願いを 濃く咲きぬ  橋本多佳子」

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宝巖寺小野先生からいただいた彼岸講の句を頂戴しました。
冬が父なら春は母、寒風にりんとした紅梅の花姿。よう乗り越えられましたなぁようしのがれましたなぁと見合わせる顔々が浮かぶようです。
さて、今冬も170cmの積雪の「花美世屋」にも春。

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「上世屋の 彼岸の花なり 福寿草!  世屋野蕪村」
春噴花①

IMG_6626早春
春噴出②

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これから、山里は溜めていた力を噴きだす花山となります。

スノーシューウオークに参加していただいた皆さんから便りをいただきました。
まず、宮津高校便り。

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宮津高校では「来年度から本校では総合的な学習の時間を拡充させ、来年度入学生の2年次(再来年度)には学年全員が探究活動を行うこととなります。その先駆けとして活動してきた同好会は今後も引き続き地域における学びの発掘を行うとともに、再来年度からは教育課程で満足しきれなかった旺盛な好奇心の持ち主たちのさらなる学びをサポートする役割を担っていくことにな」るということです。

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是非とも様々な学びの場として活用して頂ければときたいしているところです。

また、高校生たちが登るはずだった山頂を目指した岩滝少年少女チャレンジ隊の子どもたちとお父さんからも。

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□ 二年前に、上世屋から京丹後市の小町公園までの秋山ウオーキングにさんかさせていただき、秋の景色や普段見かけないような植物、ブナ林を眺めながら歩かせて頂きましたが、スノーシューで雪山を登るのは始めてで、また違った景色だったのですごく感動しました。
山頂を目指すまでの間、ウサギの足跡があったり、冬から春へ準備する木々の森の澄み切った空気を吸いながら、しんどいのもわすれて子どもたちやガイドの方々、そして、京都から来られた若い女性たちと一緒に楽しく登りました。四季折々何気なしに日々暮らしていますが、自然っていろんな表情をするので、おもしろい発見だったなあと感じました。いろいろ世屋のエコツアーに参加していますが、毎回いろんな発見をしたり、感じたりできるすばらしい企画なので、いつも勉強させていただいています。今後も子どもたちをつれて参加させていただきます、ありがとうございました。
岩滝町  大槻様

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□日曜日の山登りはお世話になりました。わたしは山には雪がないと思っていましたが、雪がいっぱいあり、子の山の中をどう登るのか不思議でしたが、まさか板をつけて登るのはびっくりしました。山を登るのはとても大変でしたが、頂上に着いたときの景色はとてもきれいでした。「がんばってよかったなぁ」とおもいました。山を下りるときは雪を滑って降りるのがとても楽しかったです。今回はありがとうございました。
中田結子ちゃん

□スノーシューを初めてはきました。こけながらゴールをめざしました。山頂からきれいな景色がみられました。おりるときにはすこしなれてあまりこけなくなりました。おりてからご飯をたべました。美味しかったです。とてもつかれました。
大槻隼勢くん

□いつも楽しい所につれていっていただきありがとうございます。山登りでスノーシューの板をはいて歩くのはつかれたけど、すべり止めがあったからうまく歩けてたのしかったです。てんぼう台から見えた景色がきれいでした。また、ちょうせんしたいです。
中田陽基くん

□わたしは、雪山に登るのは初めての経験でした。短い板をはいて雪の上を歩くとさくさくと音がして気持ちがよかったです。頂上に着いたときは、登り切った達成感でいっぱいでした。 後藤優奈ちゃん

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さて岳山、この山には不思議なことがあります。名前が無いことです。どの山に名前がついています、鼓が岳 剣が岳。この山は、地域の皆さんからは「だけ」と呼ばれているのです、つまり名前は「ない」!

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この名前のない山については有岡利幸さんが『里山(さとやま)Ⅱ』」(法政大学出版局)で次のように取り上げられています。名前がない理由の説明ではないですが、状況を理解する参考になるレポートです。
「奈良県史(第12巻民俗編大和の伝承)」によれば、大和国では「ダケ」あるいは「ダケ山と呼ばれる山があちこちにあり、これらの山の多くは「ダケの山に雲がかからねば、雨が降らぬ」と言われる山で、日照りの年には付近の村から店から水を貰うために登る習わしがあった。」
さらに、当麻村にあるダケさんは「岳さん」で、さんは山ではなく、とのさんのさんとよばれていて、山頂には神社もあり、この山に村人たちは、「干天で田が焼けると各戸から一人ずつ出て、麦藁や稲藁で一把の炬火をつくり、点火したものをもって、また幟を持ち、太鼓をたたきながらこの社へ願を籠めに登った」ということです。

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みんなが登ってくれたのはこういう冬雪なのです。山はよろこんで今年の夏の水不足はなし、と言うことになるのでしょう。

自動車道森本インター出入り口にまた新しい看板。

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英語訳付きです。

さて、内山ブナ林は、Uchiyama Beech Forest
ブナはBeechというんですね、

発音は「びーちゅ」と聞こえました!
さてdo you know Beech?

上の写真奥の雪山の稜線付近がその内山ブナ林。その向こうがせや高原。そこに品よく生育しているBeechが手軽にみられますので、案内しましょう。

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樹齢推定150年。

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このブナをはぐくむせや高原の今日。

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空気がとても澄んでいました。

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空と海の蒼色は、そうそうお目にかかれないものですよ。

森本インターを降りられたら、ナビに「花美世屋」と入力してください。

五十河の谷に飛来している二羽のコウノトリ。

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気になるのはその性別。

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右の1羽は○黒・緑と●赤・黄の脚輪で、J0111 2015年4月20日生まれのオス。

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これは明確にわかります。

一方左の個体の脚輪は、●赤・緑と、、これは確認できるのですが、別の脚輪の組み合わせが判別しづらいのです、「黒・□」。□が緑のようでそうでないようで、、。

□がもし「緑」なら、個体番号J0114!これは重要なことです。性別はメスですから、2015年5月28日生まれ。つまりこの二羽はお友達ではなく「熱々カップル」という事になるじゃあありませんか。

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もしそうなら、ここで子育ての運びになるよう毎日差し入れしなくちゃというほどの事態です。

この組み合わせ、しばらく要注目!

「唄うたい土間から庭へ土竜打ち   清水恵山」

謎だらけの句です
まず、「土竜」!なにどりゅうって?

この方のことかしら!

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「土竜打ち」って、このかたなにかよくないことなさったのかしら?

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「唄うたい」ってみせもののようにさらされているのならよほどのことなんでしようねぇ!

しかし、この方竜は竜でも石の竜、とんでもない見当はずれです、ヒントはこれ。

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これって、穴、モグラの穴でしょ、

ええ、土竜と書いてあるのはモグラと読むのです

えっえぇどどどどこここををを押したらそうよめるぅ?

読めませんでも読むのです!

土の中をいともかんたんに掘り進むパワーに感動し敬意を表したのでしょうか、

すごい想像力です。

モグラが「土竜」なら「木竜」のわしはなんとよむかねえ、と新たな参入者。

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、、、、入り交じってへんな話に発展します。

真相は「漢字表記「土竜」は、漢名でミミズを指す。 モグラがミミズを食すことから誤用され定着したとされる。」人騒がせな誤用です。

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また、打つとうたうと動詞が二つ、その動作の主体はだれで、目的はなに?

これについては大野城市広報ホームページに解説。

[季題] 土竜打(もぐらうち)
土竜が畑を荒すのを防ぐための一種の呪い。小正月の前夜に行われる子供の行事として各地に残る。
棒や束ねた藁で地面を叩いたり金盥を叩いたり土竜が嫌うとされる海鼠やその代用品の槌を引っ張って戸々を回ったりする。
子供たちは褒美として餅や菓子などをもらう。

子どもたちにこれほどまでにむごい目に遭わされるほど悪いことをする生き物なのかというと、

ミミズを食べる ヘビやフクロウや狐に食べられる

コピー (1) ~ yjimage[2]

(↑ネットで拝見 よく出会われましたねぇ!)

土を軟らかくして草の繁茂を助け 花は虫に蜜を提供する

そんなことですから、里山エコロジー生態系の重要な一員 なのです。

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では、なぜモグラはもぐらなのか?

但馬や丹後では、「うちの畑は、むくろが多いて困るわ。」 「こねえだから畑でむくろもちが走りまわっとって、困っとるんだわ。むくろもちはどねいしたら止まるんだいや。」といわれるむくろとかむくろもちがモグラのこと。むくろ・むくろもちとモグラ殿関係については、次の解説。

「土竜。 地中を掘り起こし土を持ち上げる行動から「穿(う)ぐるもち」が転じ「墳持ち(うごろもち)」と呼ばれ、ムグロモチ、ムグラモチ、モグラモチとなりモグラになったともいわれる。」

なんとも奥が深い生き物です。ちなみに土の中の彼らの王宮はこうなっているのだそうです。

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、、、、、東京メトロのならぬ里山メトロ。アリの一穴、といいますのにこれではたんぼのあぜも崩れるはずです。

ときどき見つける 死んだもぐらその原因説?穴掘り能力は?その能力を生かすことの可能性は?

まだ謎はあります。それはそれとして傾向としては、害獣 としての認識が強いですね。でも、いなくなったらどうかもう寂しいなんてものじゃないですね 畑 やれるかどうか、、、穴が開くというのは空気酸素柔らかく清潔に栄養も音が張りやすい 糞は肥料に感謝されこそすれ、うとまれるものではないはず。のにこの仕打ち、モグラからすれば、恩知らずものめといわれかねない。
もぐらと人との関係について人間はもぐらに恩がある、そういう認識の言葉を使う所はないのかをリサーチ、チェックするとあるじゃないですか。

、、、、、、
「鍋島泰氏『和具の方言』 三重県志摩市志摩町和具の医師・鍋島泰氏が平成2年(1990)から調査をはじめ、平成20年(2008)に刊行。全3巻、2268ページ、31025項目にわたる収集量は和具方言としては前人未踏のもの。しかも、ほぼすべての項目について根拠となった話者の会話文が付されており、高い資料性を有している。
(例)
よした【感動詞】1)有難う……[会話] 1)ヨシタ言うのは おおきん(有難う)有難う言うのを ヨシタ言うのなあ(です)。男の人らな(が)よお使うわな(よく使います)、漁師の人らな(が)ヨシタ言うてな、有難う御座居ます、今し(今)では言うのを、それを ヨシタエエ言うの(のです)。(以下略)
よしたええ 有難う 女性言葉 よした参照[会話] ヨシタエエ言うて、有難う言う事を ヨシタエエ言うて。おおきんえ(有難う)言う人も有るし(有ります)。よけもろて(沢山貰って)ヨシタエエ言うて。なんやかや(何彼)もろたり(貰ったり)してもろたり すると、礼言うのを 有難お言うのを ヨシタエエ言うて。仕事してもろて(もらって)こげん(こんなに)よけしてもろて(沢山してもらって)ヨシタエエ言うて。ヨシタ(よくした) うぐろ(土龍)よお(よく)持ってくれた言うて、畑の うぐろなでんぐりかえして(ひっくり返して)有ると 打つのん(畑耕すのに)やいこおて ええんてや(柔らかくてよいのです)うぐろな(もぐらが)持ったあた(後は)、そやもんで(それで)ヨシタ うぐろ よお持ってくれた言うて。そして(そうして)なんやかや人な(が)持ってしとると(して居ると)その時もうぐろん(に)例えて ヨシタ うぐろ、持ってくれて 言う時もあんね(有るのです)。」

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貴重なリポートです、もぐらくんも浮かばれるというものです。もぐらと人との関係、スズメと人間との関係ににていますね。

 

この地図、丹後五郡絵地図。

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細川さんのあと、丹後の知行者となった京極さんの時代のもので、地名と道路とが政治軍事経済の中心地宮津城を起点にその間の距離を示す一里塚のようなマークも付けられ、水系や谷筋も正確に描かれていて実用的な物になっています。
制作時期は寛永1638~正保1644年ころ。徳川幕府により年貢徴収、あるいは軍事的な目的をもって作られた官撰国絵図正保国絵図を基にしているということです。

さて、宮津城から丹後内陸部に入るルートは赤線で示されています。
①号線 宮津 須津 弓の木 大内峠 三重 口大野 峰山
②号線 宮津 須津 岩滝 男山 山伏峠 五十河 東楽寺
③号線 宮津 天橋立 日置 世屋谷 野間谷 宇川
④号線 宮津 天橋立 日置 波見 岩ヶ鼻 →伊根
→筒川
これらが、「丹後国主要国道」であったと考えていいのでしょう。

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この地図の制作は、細川さんが熊本へ転出したあと丹後の知行主になった京極さんということ。年貢や塩、燃料、兵隊などの動く道、コースは、細川時代のものを踏襲していることでしょう。

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本能寺の変が1582年。地図の製作は1644年。ということはその五十年前、玉さんは丹後国国道三号線を通ったんだろう、そんなことを思いながら、「細川玉運命の地・味土野」を探しましたら、幹線道路をはずれているじゃないですか。日置からの内陸コースは、下世屋→松尾→東野→小杉→出合→野中と読みとれます。

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宮津城から味土野までの経路について、、『京丹後市の伝承・方言』でも、「宮津→(船)日置→せや谷→駒倉峠→味土野」と「いわれている」とされていますが、怪しくなりましたね、「せや谷→駒倉峠→味土野」のコース説は!どうあれ、細川家の「正室」様なら、幹線を通られるはずとおもいませんか!

「味土野山 けふ見る君は 夢ならで 手あたたかき もみじ葉の映え」、玉さん、復縁を認められた喜びの歌とされます。

また、この地図には、水戸谷峠、平治峠、入道峠、高尾峠の道はありません、その後の開設なのだとわかります。

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今昔の比較をしながら古地図を見るのは、楽しいものです。

ハコベは郷愁の草です。

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□はこべらの畑にうさぎを放ちけり 三澤福泉 俳句通信 199904

□鳥かごの鳥に差し出す花はこべ きくちきみえ やぶれ傘 201607

さてハコベ はこべら、「へら」はキノコを「くさびら」というのと同じとは思います。問題は、「はこ」!
なんじはなぜ「はこべ・はこべら」じゃ?
、、、、こんな時は、和泉晃一さんの「草木名のはなし」。
「ハコベの語源は、その白い花弁の数と形に着目した、ハクベラ(帛箆)の意であると私は考えている。「帛」は真っ白な絹布で、古く上質の布地とされたもの、「箆」はヘラ状の花びらをいう。」
和泉さんの見当がはずれていないなら、なんとも上品な命名です。

□ はこべらや村の名消える日の近き 間宮陽夫 馬醉木 200606

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はこべらに 寒はもどれど 水の雪    世屋野蕪村

大フケ湿原の3月4日。

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この湿原は、上世屋と木子の間の峠にあります。湿原の水は、木子側へと上世屋側への二方向へ流れていきます。

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木子側へ流れた水は、宇川となって日本海へ、一方上世屋側へ流れた水は、世屋川となって宮津湾へと注いでいきます。つまり、分水界にできた湿原なのです。

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さて、そこで「大フケ」ってなんやねん、となるわけです。その説明は看板にはないので、「なんなんでしょうねぇ!」と。
それに関して、「味土野誌」に「フケヶ谷」と呼ばれているところがあるというのを見つけました。場所は、味土野と内山との間の境をなす高尾峠、この峠も、味土野側は宇川へ、内山側は竹野川となって異なる水系をなしています。この峠一帯にも湿地があり、この付近は両地区の入会地として利用されていて「フケヶ谷」と呼ばれていたという記事です。
大フケ湿原と「フケヶ谷」。フケの意味について何となく検討が付けられました。もう一息チェックしてみましたところ、同じように疑問を持った方がいらして、その方は
柳田國男のさんも疑問をもたれて、調査分析され、それが作品に次のように反映集録されているとアップして下さっています。
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①現に関東の田舎の名もない古池にも、人が近寄れば必ず水玉の揚がるものが幾つかある。
多くは九州でムタといい、東部地方ではフケまたはヤチなどと名づけて、腐った植物でできたような低い湿地である。
(『柳田國男全集11』1990年「妹の力」、ちくま文庫211頁)
②ムタは関東・東北ではヤチといい、中部ではクゴともフケとも
称して、排水のむつかしい平衍なる湿地のことである。
(『柳田國男全集6』「一目小僧その他」1989年、ちくま文庫461頁)
③この蒲原一帯の水田は、農夫が臍のあたりまでも泥に浸って耕耘をする。
いわゆるふけ田の優なるもので、(以下略)
(『柳田國男全集3』「北国紀行」1989年、ちくま文庫287頁)
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つまり、フケとは臍のあたりまでも泥に浸るような湿地という地形用語。かっては各地にあったこういう湿地は今では改良されて、名前には「ふけ」という音を残すものの、カタカナ表記されたり漢字では「富計」とか「浮気」になっているため、意味不明!と悩ましているということのようです。

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さて、この大フケ湿原を水源湿地にする宇川が谷を刻んで始めて開けた所にある「須川」で、福寿草が咲き始めましたよ。

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この花、地元の方が、株分けしながら増やされたんですって。

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春一番、せいだしなるなぁと声をかけてみると、冬越ししたこんにゃく玉をうえつける予定だ、草が覆うと畝作りがえらくなるので、いまからやっているのだということでした。

北近畿経済新聞、知る人ぞ知る北近畿の経済情報のきめ細かさを売る新聞ですが、3月一日、ここに!

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ガラシャさんに心寄せる人は増えていますが、普通は例えば、宮津市役所横のガラシャ像や教会を見たら、車で京丹後市弥栄町黒部から中山経由野間・野中→霰→大谷→味土野というコース。今回のツアープランは、玉さん自身が歩いたのか、かりそめにも大名家の奥方ですので輿や籠に載せられたのか、見解の分かれるところですが、一行の辿ったであろう避難路を辿るのが特徴です。

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「人間をみるときは、その心を見るのだ。お玉、人間の価は心にあるのじゃ。と父は教えた、裸一貫が、この世の大方の人々の生き方であることを、母は娘たちに教えた」と三浦綾子さんは「細川ガラシャ夫人」で。

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「中世へのタイムスリップ」感の息づく世屋谷ルートは一般的な史跡巡りツアーでははいれない玉さんの心の中を想像しながら歩けるだろうと。それを「既存のツアーにはない行程を組み込み」と紹介してくれているのです。

その「みどの」の3月2日。

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さすがに丹後の天空の里。冬将軍ががんばっています。

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けれど、沢にはわさびの花。

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この春の使者、玉さんを励まし癒したのでしょうね。

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