美味しいものには目がないんですよ!とアオスジアゲハ。
(↑ 撮影日時 2014/05/24 12:04:07)
初夏゜、地元素材にこだわりの食のプロたちも、花を咲かせます、
世屋粟使用の梅干しスイーツも。
里山世屋の初夏を体感しお腹を空かして行くのもよし、腹ごなしに里山世屋の初夏を体感するのもよし、
(↑ ウスバシロチョウ )
イート&スイーツ+ウオーク!待ってますと、世屋高原の蝶たちがいっています。
菜の花とサクラと古民家と、、、
身近な春を代表する明るい光景とはいうもののこれは出来過ぎ!丹後郷土資料館併設の旧永島邸です。
明日の午前中には晴れ間がのぞくようなので、どうですか、出かけられては(^.^)
資料館の展示も一新され、スッキリとしていますよ。発行されている民俗資料も充実。

さて、この菜の花の咲く光景は一茶さんも大好き。多くの句を残していらっしゃいます。
□なく蛙溝の菜の花咲にけり 一茶
□なの花のとつぱづれ也ふじの山 一茶
□かるた程門のなの花咲にけり 一茶
□なの花も猫の通ひぢ吹とぢよ 一茶
「♪菜の花畑に入り日うすれ…」
菜種 油菜アブラナ 、、、ともいいますが、音の響きがいいのは「菜の花」、、ですね。
折からの青嵐、天気は明日から崩れる、花見のチャンスは今夜のみ、と言うことで夜桜見物。
開花が想定外の早さのためか、ライトアップはありません。中天の月と一緒に花見を楽しみました。

さて、花に嵐のたとえあり、、、サヨナラだけが、、、
いつまでも実がなっていたら、困ります。種は落ちないと意味が無いのです。花びらもいつまでもついていては困ります。虫を寄せて受粉をする、それが済んだらじゃまになります。逆に言えば、落ちてもいいよ、という状況になるまでは、必死に固くついている必要があるということ。
花の場合もういいよとサインを出すのは、雌しべが花粉をしたとき。サクラの場合も、花びらの基にそういうメカニズムを持ったものがあって、受粉の刺激で細胞の結びつきが緩むのだそうです。但し、気温も影響するとのこと。寒いと活動が緩やか、温かいと活発になるので散るのも早くなる。今年は、温かいので、早く散ってしまうかも。11日、伊根の海蔵寺のお花見に参加する予定ですが、それまであるかしら!

また、多くのサクラの品種がありますが、ヒガンサクラとオオシマザクラ、ヤマザクラ、この三つが三原種。この交雑交配によって生まれたといいます。花の色の濃い薄いはその変化の一つ。色はアントシアニンの量によりますが、花色の薄いソメイヨシノはアントシアニン少ない品種になります。濃い色の花との差は、およそ20倍ということです。
前鳴き砂文化館館長・松尾氏のある蝶の調査に同行させていただきましたが、その様子をまとめられた冊子「INSECT丹後・丹波№124」をいただきました。その蝶とは、深山の水気のある山麓に生育するトチノキの花・蕾・若い実を食草にするスギタニルリシジミ。その時遭遇したのが丹後半島初の観測なのだそうです。
さて、蝶がいなかったら、実がなりません!その幼虫は植物を食べて蝶になります。その幼虫の食べ物をどうするか、蝶のお陰をこうむるものみんなが公平に食糧を供給、つまり食べてもいいよというようにするか、特定の関係をつくるようにするか、それを巡ってはおそらくだいぶん研究というかすったもんだがあったに違いないと思うのですが、最終的には後者、私はこの蝶の子どもさん養うわ、じゃあおれんところではこっちの蝶のこどもさんのおせわしてあげることにするということに収まったようです。なぜ前者はだめかというと、好みが特定の種類に集中してしまうことになりかねない、そうするとそれが絶えてしまうほどひどいダメージを受けるかもしれない、それは避けるべきだろう、それは私も賛成です。、、、蝶が特定の樹種と関係をもつことについて、そんなことを思いながら、この記事を拝読。
(↑ 2014.5.18 トチの花)
その蝶の季節がこれからはじまります。
モクレンや 白い花火を 空に揚げ 世屋野蕪村
花はええですなぁ、、、
米も作らんなんし、イモも植えんなんけど、、花をみとったらどういうんか、元気が湧いてくるんですで、、、とてるみさん。
それは彼女の口癖。
田圃仕事は花暦。花に促され花に癒やされて、花との長い深いつきあいを感じさせる口癖です。
枝の先の芽を、葉にしたり花にしたりするのはフロリゲンというホルモンの働きで、そのホルモンを受け取った芽が花になる、そして、気温や日照時間を見計らいながら開花していくんですってね。
春咲く花は、一度寒さを経験し、日差しが長くなってくると同時に開花への準備を始めます。
山の林には、ダンコウバイ。
クスノキ科クロモジ属で、葉っぱの形がスプーンのように丸かったり、フォークのように割れていたりというおもしろい特徴を持っています。
多くはなく、府県によってはRDB指定。
田圃には、タネツケバナ。
さて、「たねつけ」。この部分は時期によって二つ違う意味で理解されるというおもしろい草です。
早春の花の時期には、「種漬け花」。稲の種籾を水に漬けて選別することを行う時期の目安花。
もう一つは、花が終わって種が出来、その種を飛ばす時期。鞘がねじれて勢いよくはじき飛ばす様子を見立てたのが、「種付け馬」。

この草も、サラダや汁の実に可。また、尿道や膀胱の炎症などに種も含めて薬効がある薬草ということです。
葉と花が一緒で一重咲き、花弁は五枚、花はうすめの紅色、、そして、ソメイヨシノより早く、彼岸頃から咲く!そういうサクラをいただきました。
なんですが、種名を尋ねても「?」。
自然交雑しやすいサクラは交配を重ねて600種を越す品種が作り出されているということです。
名もなき野のサクラ、というのはありません。名はあるはず。幸い、入門書になるサイトも充実していて目の保養がてらあたってみましたところこのサクラ、【さくら写真館】www.higan.sakura.ne.jp/sakura_pictureによるところの、「陽光」という品種に近い感じがしました。
神奈川から宮津世屋へいらしたご家族です。
そのはじまりは一本の電話から。
上世屋へはとうしたらいけますか?早春の里山を、神奈川から三人ですと。
上世屋へは日置でバスに乗れば上がってくることが出来ることをおつたえしましたら、その後プランニングをご自分たちでされて、あらためて連絡を受けました。
行きます。
三人!とおっしゃっていましたので、お友達同士の気楽旅かと思ってましたら、出会ってみたら、子どもさん連れ。
頭のコンピューターしばしぴこぴこびこびこ状態。
日本の里巡りだということ。日本の里ったってこどもさんが喜ばれるようなものなにもないんですけどまたどうしてとうかがうと、それがいいんです、春のものをみせてくださいと。
こうなると、よっしゃあ、、です。フキノトウ 雄花雌花ありますよ、つくしんぼ、どこ継いだ!ヤブカンゾウ、これはこれだけでサラダです、
庭先のフクジュソウはパラボラアンテナで熱を中心に集めるという仕組みを持っているんですって、、エンゴサク紫水晶みたいですね。きれいに見えても有毒でウスバシロチョウという蝶だけがこれを食べるんです、
仕上げは卵からはやオタマジャクシになったヤマアカガエル!という経過です。
お米は無農薬天日干しのしか買いません、なにもなくても日本の里をあじわいたい、子育てにも暮らしにもポリシーを持った素敵なご家族でした。
乗降フリーのバス、自然とむきあう暮らしをいとなんできたおばあちゃんととみおくりました。
今夜は伊根の舟屋宿ということでした。
※日本の里100選 上世屋 ウオーク 参照
春直前の世屋の里。

「4時には帰ってきておくれよ!」
さて、『春直前世屋の昔噺を楽しむ会』開演を待つのみの会場
よみがえるふる里の語り。
春の歌
春の味、、春の言葉 春の音
春の心、、、、
ごたぼうな日々のなか参加いただいて自然と人と、ふる里と、、そして私たちの明日は、、、、思いをいっぱいをつめた「ふるさと」の集いにしてただきました皆様、ありがとうございました‥
京都府ソーシャルビジネスセンターの支援をいただいて実現したこの企画、
参加者43名。丹後一円、京都市内、大阪、滋賀からも参加がありました。
会場は、ガイドの会事務所として借りている古民家を改修し、ホールとした里山ギャラリーを使いました。
口伝えで受けつがれてきた昔話。文字としては残されていますが文字では発音イントネーションはなくなります。採録現場の音源が発見されました。それを実際の語りとして再生しようと、語りの専門家とともに取り組み、発表にこぎ着けたものものです。
「里山昔話弁当」というお題で発注した夕食は、40食。地元のペンションが農家から食材を集めてメニューして下さり、企画を通して地域にお金が回る形がつくれていました。 地域に根ざして作る文化それが価値なのだとあらためて認識しました。
宮津市、京都新聞、FM丹後さまによる広報、天橋立ユースその他おおくのご協力を頂いて盛会裡に終了することができました。心よりお礼もうしあげます。
緩やかな曲線が美しい田圃と土手の間の溝、
田圃の水はおちていますか゛溝にはたまっています。里山は多くの生物植物の生息地というのも、水が一年中溜まっているこういう水環境が保たれているところがあるからなのです。
また、山の水は汚れてなくかつミネラルも豊富。米作りにはゆうことなし。
けれども一つ問題、それは冷たいこと。稲にはこまるのです。そこでもこの溝が役にたっています。7月19日 気温24度だったとき、田に入るとき水口20℃だった水は 出口では27℃だったという観察があります。出口に向かってゆっくり動く間に温められるのです。それを水路と田の間でやっておこう、そして水がまろやかに稲にあたるようにという工夫、山の田圃ではコナワと呼んでいます。