上世屋の稲刈りを眺める二人ずれ。
ヨーロッパ、スロバキアからだそうです。その距離約9000キロと聞きました。どんな縁がヨーロッパと上世屋を結んだのかと不思議に思いました。
さて、この日の夕方。舞鶴湾を発つクルーズ船。
あの二人の車は「わ」ナンバー、ひょっとして、この船に!
だった、と信じて、
よー来とくんなったなー、おたっしゃでなー、と上世屋丘の前棚田跡交園から手を振りました。
世屋・高山ガイド部会の活動ブログ
名月の 薬師の巨樹に 宿り居り
ふるさとの タブの巨樹より 出づる月
タブの巨樹を神木にする大宮町奥大野の薬師堂は、里の東に立ち、月の出を待ちます。
西にたち 名月迎えぬ 薬師堂
名月や天の力を注ぎおり
「月は四季それぞれに趣がありますが、最も美しいとされるのは秋の月なので、単に「月」とあればそれは秋の季語になります。」とのこと。
月詠み俳句五選
【NO.1】松尾芭蕉
『 鎖(じょう)あけて 月さし入れよ 浮御堂 』
【NO.2】正岡子規
『 藍色の 海の上なり 須磨の月 』
【NO.3】高浜虚子
『 ふるさとの 月の港を 過るのみ 』
【NO.4】渡辺水巴
『 月光に ぶつかつて行く 山路かな 』
【NO.5】小林一茶
『 名月を 取ってくれろと 泣く子かな 』

ともかく日本人は月が好き、
♪おっ月さん、こんばんは!♪
月に対する意識は、特別なものです。
イチョウ茶を知っていますか?銀杏なら知っています。いえ、「萎凋茶」。
なんですか、その「、、」というのは、、、、
ことほどさように、「萎凋・イチョウ」、これは一般的な用語ではありません。
萎凋[いちょう] 草木がなえしぼむこと、、だそうです。
この「萎凋・イチョウ」に思わぬところで出会いました。
神戸大学大学院 黒田慶子さんが、植物防疫 第65巻 第3号(2011年)に発表されていた『ナラ枯れの発生原因と対策』という論文の中です。※https://jppa.or.jp/archive/pdf/65_03_28.pdf
、、、、、、、、、、、、、
《はじめに》
近年,本州の各地の里山でナラ・カシ類やシイ類等の集団枯死「ナラ枯れ」が著しく増加している(図―1)。枯死被害が増加し始めたのは1990年ごろからであり(伊藤ら,1990),原因の解明と防除技術の開発は2000 年ころまでにかなり進んだ(農林水産技術会議事務局,2002)。
・・・そうか!
しかし,ナラ林の経済的価値が低いこと,関東地方で発生がなかったこと,ナラタケ病や酸性雨を枯死原因とする誤った説が流布したこと等から,多くの地域で対策が遅れた。2010年の被害はさらに増加し,関東地方でも被害が確認された。夏季の高温乾燥で罹病木の枯死が促進された例もあると推測されている。
I 病原菌の伝播
・・・・うん!
ナラ枯れとは,糸状菌Raffaelea quercivora(図―2)による萎凋病である(KUBONO and ITO, 2002)。体長5mm程度の養菌性甲虫カシノナガキクイムシ(口絵①)が枯死木内の病原菌を健全木へと媒介する。
、、、、ここです。
「ナラ枯れとは,糸状菌Raffaelea quercivora(図―2)による萎凋病である」
そうか!萎凋病(いちょうびょう)は、植物病理学用語のようで、植物が微生物に感染して突然と枯れてしまう病害の一種 、とありました。
さて、この黒田論文、さらに続きを読むと、こうありました。
「この菌の感染で枯死しているのは,ブナ科の中でブナ属以外の属の樹木である(大住ら,2007;黒田,2008)。コナラ属のナラ類,カシ類のほか,シイ,クリ,マテバシイ等の属も枯死する。」
ここまでは、そうか!
しかし、次の一文には、あれ!?
「ブナ科樹木萎凋病」という病名が提唱されているが,本病でブナが枯れるという誤解があることから,「ナラ・カシ類萎凋病」のような名称が望ましいと考えられる。」
『本病でブナが枯れるというのは誤解』と考えておられる黒田さんの見解について、はてな、と思いました。
というのは、この状況。この木は、萎凋、枯れている。
このフラス、木くずから見て、枯死の原因は、キクイムシによるものだろう
フラスを吹き飛ばしてみると、小さな穴が点々と開いています。
この木は、『ブナ』。
コナラ、ミズナラ、シイ,クリ,マテバシイではない、これも確実!
この木を枯死寸前に追い込んでいるのはキクイイムシ、『ナラ枯れとは,糸状菌Raffaelea quercivora(図―2)による萎凋病である(KUBONO and ITO, 2002)。体長5mm程度の養菌性甲虫カシノナガキクイムシ(口絵①)が枯死木内の病原菌を健全木へと媒介する。』と言います、他の木に広がります。そのカシノナガキクイムシが原因だとしたら、ブナは苦手、ブナも抵抗力を持っている、というのに、その関係が崩れたということになります。
したら、これは、不安です。北近畿随一の面積を誇るブナ林なのですから。
秋の来ない暑い夏、ブナにエアコンの冷気をだれもあててくれません、熱中症は人だけではありません。ブナの森も熱中症。 その一本に現れた異変は、この間進んできた地球温暖化への警告かもしれないと思うと、薄気味悪いものを覚えます。

しかし、他のブナの木には異常は見られません。キクイムシの種類は複数あるようですから、あるいは、養菌性甲虫カシノナガキクイムシではなく、養菌性のない別の種類のキクイムシのアタックによる、その可能性があるかもしれません。
いずれにしても、萎凋病(いちょうびょう)は植物の微生物による感染症、肝心なのは早期発見、早期治療。カシナガか、他のものか、のまずは特定。
樹木病理の専門家の見立てが頂きたいところです。
里山を見晴るかす棚田の跡に赤いチェアー!
何を思っているんですか
「いま、ここたいへんなんです、ここ、風の通り道。稲木がずらっと並んでたんです。 最後の一基も今年は架けないと持ち主はいっていました。
だから草刈りしなくなる、シカ、イノシシが巣にする。」
どこもそうですね。
「チョウの観察や収集に熱心な人をオーレリアンというのですって。チョウやハチなどを楽しもうと思えば、単純なこと、花のあるところ、チョウの幼虫が食べる草のあるところににいくこと
ここは、そういう草や花の多いところなんです
だからここはオーレリアンの岡なんです

チョウやハチだけでない、鳥、トンボ、バッタも季節ごとにたくさん見られますよ。
この上世屋オーレリアンの岡、なんとか対策をこうじて、を守ってやりたいです、そんなことを話題にしておりました。」

その対策、なにかプランがあるんですか、
「棚田の保全には関心がいきますが、跡には眼が向かない現実があります。でも棚田の保全は一定成功しています。その教訓から学び、棚田跡も、価値は、米を作る棚田とおなじくらいあるんだと理解していただければ
ば、見通しが産まれるでしょう、」
そうかあ、
(↑ 大宮町森本バイパス)
青い空と白い雲と赤いお日様、ドラえもんは「夏の申し子」だったのだ、
『耳を鼠に噛まれたショック』とか『泣きすぎてメッキが剥がれた』じゃない
と 確信して Copilot先生に、この想像、ずばりでしょうと送信しましたら、
「その説もとても素敵ですね!青い空、白い雲、赤いお日様という自然の色をドラえもんのデザインに取り入れることで、親しみやすさや安心感を感じさせる効果があるかもしれません。」
やんわりと一蹴されました。では、どう言う経過だったか、それを探って見たら、
、、、、、、
F先生がなぜドラえもんを青色のキャラクターに設定したかというメタ視点での理由です。1998年発行「ド・ラ・カルト」にはF先生の言葉として下記のように述べられています。
「色はどうしようか。あれは学習雑誌で低学年対象ですね。それで最初のページはカラー印刷から始まるケースが多い。扉ページは地色に黄色を使うことが多くて、タイトル文字は赤が多いんです。そうすると赤と黄を除いたら、あとは青。それでドラえもんが青くなっちゃった。」
以上は、藤子・F・不二雄自身の言葉である。なんて簡潔で合理的な考え方だろう。ネコという外見にこだわらずに、読者に対するサービス精神、色彩的な効果の方を優先させた結果だったのだ。
(ノキケロの四次元図解ブログドラえもん図解考察メインの雑記ブログ)
というところに落ち着くようです。
しかし、この漫画『ドラえもん』のモデルとされた小説のタイトルは『夏への扉』。それを踏まえて思うに、赤、黄、青が、状況の中で合理的な選択だったとしても、藤子・F・不二雄さんが『色はどうしようか。』と考えたときに、どこかに『夏』があって、「真夏の青い空と白い雲と真っ赤な太陽」が浮かんだかもしれない、それがドラえもんのデザインに反映した、そう信じたいですね。
明日の朝は、野に白い露の玉、、、、
暦は白露を過ぎ、秋分へ向かっているのだから!
しかし、どうもそうはいかないようです、連日、モンスター積乱雲
「太平洋高気圧が日本の南東で張り出しを続けることで、上空の偏西風は平年より北を流れるとみられ、日本付近は引き続き暖かい空気に覆われやすくなる見込みです。」とこのため、3か月を通して平均気温は全国的に「高い」と予想されています」と気象庁が発表の9月から11月の長期予報。
こんな時、せめての楽しみは雲です、変幻自在に形も色も変えるのですから。
さて、その雲については、
誰もが知っているし見ることができる身近な存在だけれど、地上のものではない。人間の生活にそのまま役立つこともない。でも、見上げれば誰でも「気分」や「気」を感じとることができますよね。そして、不思議なことに、「雲」の向こう、「雲の上」への思いが湧いてきませんか。雲は主役ではない。天地のあいだの境界や媒介の場にすぎない。でも、それだから、雲を見ていると、われわれの心になにか別世界への憧憬のような思いが、雲のように湧いてくるのだと思います。
そうです。リアルに考えればそこに雲があるのはおかしいのですが、誰も異議を唱えないし、不思議とは思わない。神仏は、われわれの世界とは違う世界、でも、われわれの世界のちょっと「上」、それほど離れていない世界にいる、そう感じて安心して納得してしまう。そこがおもしろいのです。
もう一つ、雲に関して大事なことは、それが「常に動く」ことです。風に吹かれてね。雲と聞いて多くの人がイメージするのは、青い空に静かに流れていく白い雲ではないでしょうか。雲が全天を覆い尽くしている曇天の日に、雲にポエジーを感じる人は少ないでしょう。じっと見ていると、驚くほどのスピードで流れ、消えていく雲は、時間というものを感じさせてくれるものでもあるのです。
人工的な心地よい空間にいて、空も見ずにスマートフォンだけで天気予報を見る人が多いこの時代、「空を見上げて雲を見る人」、「雲と対話できる人」はますます貴重な存在になると思います。
文学でいえば、ヨーロッパではヘルマン・ヘッセとか、日本では宮沢賢治が空を見上げていた人ですよね。
雲を見上げることができるのか――。これは、これからの時代の大きなテーマだと思います。雲の正体は「水」ですよね。水がなければ雲はない。でも、それだけではなくて、空気もなければならない。水と風がふれあって「婚姻する」ことで雲は生まれているわけです。それは、われわれの地球の本質です。雲を見ることは、私たちが地球に住んでいることを実感するすばらしい機会なのです。
そうではありません。雲を見て「よし、がんばるぞ!」といったことではないのです。もしも雲に「教え」のようなものがあるとすれば、もっと厳しい真理ではないでしょうか。「生きる力をあげよう」ではなく、「君も私(雲)と同じようにいつの間にか生まれて、やがて消えていくんだよ」というような。
「行雲流水(こううんりゅうすい)」という禅の言葉がありますね。何事にも執着することなく、雲や流れる水のように成り行きに任せて生きることの教えですが、「こうしたい」という自分の欲望をかなえるための生ではなく、「人間のどんな思いも、雲のように生まれ、消え、そして人間もまた死んでこの空へと還っていく」、そのように生きることで初めてそこに究極の自由の境地が開かれるという教えですよね。これこそ、究極の雲のレッスンではないでしょうか。
それは、東洋的な禅の思想というだけではなく、西洋でも同じです。私が思い出すのは、フランスの詩人ボードレールの散文詩集『パリの憂鬱』の冒頭の詩「異邦人」のなかで、自由な異邦人に「わたしが愛するのは雲、彼方の空を過ぎて行くあの雲、素晴らしい雲」と言わせていることですね。
空を見上げることは、生まれては消えていく雲の様子をじっと見つめる自由の時間をもつこと。それは一種のメディテーション(瞑想)に近いかもしれませんね。』
私が知る限りで、これまで雲の哲学はなかったのではと思います。木の哲学はあっても、雲のように常に動いていて形の定まらないものを哲学の対象とするのは、困難が伴います。
では、なぜこの取材を引き受けたかというと、それは雲の哲学を今、この時代から始めてみるのもおもしろいかもしれないと思ったからです。
でも、西欧のアートの分野では、雲はとても大きな役割を果たしていました。フランスの哲学者・美術史家のユベール・ダミッシュ(注1)は、名著『雲の理論』で、西欧絵画における雲の役割を「地上と天上の世界をつなぐ装置(媒介)だった」と論じています。つまり、天上には天使や神がいて地上には人間がいる、この二つの異なった世界の「間」を雲が媒介していたわけですね。
でも、そうした表現上の装置としてではなく、自然のありのままの雲を画家が描きはじめるのが、オランダ絵画の画家たち、そしてイギリスのカンスタブルやターナー(注2)といった19世紀のロマン主義(注3)の画家たちです。とりわけターナーは、嵐などの激しい、荒々しい自然の動きを雲に託します。嵐の海の波やアルプスの雪崩などと並んで、雲は人間の力を超えた「崇高なもの」の表現となる。世界の根源的な力が雲に現れると言ったらいいかもしれません。ダミッシュの著書のなかでも、ターナーの雲は、雲の表現の歴史の到着点として語られていました。そこでは、雲は、ある意味では、世界の「気分」そのものです。穏やかな田園には流れる白雲。嵐の海には、荒れ狂う黒雲というようにね。
ダミッシュは同書の最後で東洋(中国)の雲についても言及しています。そして中国の淡彩による風景画の雲を「人間の息の神聖文字(注4)である」と表現しています。
風景画なのになぜ「文字」なのか。それは中国をはじめとする東アジアは筆の文化圏だからです。15世紀に活字印刷が始まったヨーロッパのように文字と絵画の領域が完全に分かれているのではなく、絵も文もすべて同じように筆で書きます。しかも、それは、書く人の息づかいまで感じさせる。まるで、筆の先から、その人の息が「雲」となって現れるように。強いて言うなら、東洋では、雲は世界の「気分」だけではなく、人の「気」も伝えているのかもしれませんね。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
雲 山村暮鳥
丘の上で
としよりと
こどもと
うっとりと雲を
ながめている
雲 山村暮鳥
おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきそうじゃないか
どこまでゆくんだ
ずつと磐城平の方までゆくんか
、
「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」とは啄木さん。
彼がこの句を詠んだとき磯に打ち寄せていた波も、さざ波だったのでしょう!
さて、その波、海で釣りをしていてもウキは上下に動くだけで、前進しない、波はどうして起こるのですか?
その疑問に、神戸みなとぴっくす -うみ・みなと・70の謎- (mlit.go.jp)。
『波は海の上を吹く風が作り出しています。海岸に立っていて、「風がない」と感じていても海岸にいつも波が打ち寄せたり、引いたりするのは、広い海のどこかで吹く風が波をつくり、その波がずっと遠いところから伝わってきているのです。』
『波の形を見ていると、まるで波が海岸に向けて動いているように見えます。しかし、波が動いてくるのではなく、海水が上下に動くだけで実際にはエネルギーが伝わっているのです。海で釣りをしていてもウキは上下に動くだけで、前進しないことがその証拠です。』
『いくら強風が吹いても風は遠くまで届きませんが、台風の波などは遠く南洋からでも日本に届きます。海面にできる細かな「さざ波」、海岸近くの浅い海で見られる「いそ波」、台風や低気圧によって起こる「うねり」など、いろんな波が風の力で作られています。、、、、』
つまり、海の波の原因は、風。
この時の気象条件は、微風、さざ波の時、しかし日差しは強烈、そんな時ではなかったのでしょうか。

短歌教室の例歌には、こんな歌もありましたよ、
暴風に 波は荒ぶり 怒れども
それで
風去り行かば 凪に戻りて
だから、、、!
『 ・・・・ 』
この歌のメッセージ、明智光秀さ届け届けたかったですね。
旧府中街道に息ずくお宝サルスベリ
樹の下のお地蔵様に日陰をつくるかのように傘型に整えられたサルスベリ。
暑かったなあ、もう涼しくなるわなあ
『ゆく夏と 来る秋会わせ サルスベリ』
さて、江戸時代以前の渡来種と言いますから、全国には巨樹のサルスベリ。
| 樹種 | 名称 | 所在地 | 幹囲 |
|---|---|---|---|
| サルスベリ | 千代田C.Cの百日紅 | 茨城県かすみがうら市上佐谷 | 4.5m |
| サルスベリ | 大石屋敷跡のサルスベリ | 東京都八王子市松木 | 3.3m |
| サルスベリ | 馬瀬口の大サルスベリ | 富山県富山市馬瀬口 | 2.6m |
| サルスベリ | 中村のサルスベリ | 長野県長野市桜字中村 | 3.6m |
| サルスベリ | 田畑の百日紅 | 岐阜県関市上之保鳥屋市 | 4.5m |
| サルスベリ | 神子畑のサルスベリ | 兵庫県朝来市佐嚢 | 2.57m |
幹周450cmのサルスベリも見てみたいものです。
丹後では、日置、妙圓寺のサルスベリ!
4本株立ちで、計測すると、90,40,70,70各cm計270cm。
なかなかの銘木ですよ。