2013/06/01
上世屋を描きに来られる方は笹葺きの民家には向かわず、崩落寸前の家に向かわれます。
ご苦労様って気になれるからと。対話の出来る素材てあれば、2時間でも3時間ても向き合っていられますと。、、、。
丹後を描きにまた来られるなら、次はここを訪れられたらどうですか。
世屋・高山ガイド部会の活動ブログ
2013/05/31
オキナグサが300株、大阪府河内長野市の大阪府立花の文化園で見ごろを迎えているとのこと。300株ですか!壮観でしょうねえ。
自生するためには草地が草刈などで維持管理されていることが条件です。
そういう草地の荒廃、開発の進行、栽培目的の採取などが重なって、京都府では絶滅寸前になっています。
そのオキナグサが世屋高原で白く長い綿毛が風に揺れています。
里山保全、棚田保全の運動の成果を象徴しているのでしょう。 300株に増えていけばすごいでしょうねえ(^.^)
でも、ここが大事なことですが、「このオキナグサ、役にたつ植物ではない。」ということを知っておく必要があります!
汁がつけばかぶれるし、うっかり食べれば、心臓が止まる恐れがあるという八つ頭という毛虫のような手のつけられない毒草なのです。
そんな危ない物を身の回りに置きますか?盗掘するのは危険です、絶対やめた方がいいですよ。
掘っていくなら世屋ススキか世屋クズにしてください(^.^)
2013/05/31
「時期が重なって咲くものに、ウツギ、
ツクバネウツギ、
タニウツギ、
バイカウツギ
などがあります。■■ウツギというのは、、茎が中空だから空木・「ウツギ 。また、5月は卯月、卯月の花だからウツギ。
そう説明しているときに! 「なるほど、けれども、 花びらをみたら、ウツギはばらばらなのに、タニウツギはひとつですよね!」とおっしゃるお客さんがいらしたら、要注意、相当の人です(^.^)。
「タニウツギは、スイカズラ科で、ツクバネウツギもそうですが、ウツギはユキノシタ科でバイカウツギもそうです。」
ちなみにパート1、こちらがスイカズラ。
ちなみに、パート2。このウツギたち、5月の農作業の花暦。
世屋の里では、タニウツギを「ひーな」と呼びます。
「ひーなが咲いたら粟を蒔け、ウツギが咲いたら苗うえろ」
微妙に咲く時期をずらしてお百姓の仕事の目安として一役かっているのです(^.^)
ちなみにパート3。松尾芭蕉さんのおくの細道の旅、青葉の頃、ウツギが盛りの頃に白河の関に着かれたんだそうです。
「、、、卯 の花の白妙に、茨の花の咲きそひて、雪にも越ゆる心地ぞ する。
卯の花をかざしに関の晴れ着かな そら」
バイカウツギが咲き始めれば、丹後もいよいよ梅雨入りです。
2013/05/31
米作りと切っても切れない関係なのがカエル君。カエルの話しはたくさんありますが、これはのどかでかつしたたかな知恵があって実におもしろい(^.^)徳之島に伝わるカエルの話しを水野 修さんが再話されています。美しい文章です。読み聞かせのつもりで声を出して読むとそれがわかります。
「カエル息子」
昔、あるところに子供のできない中年の夫婦がおりました。 ある日、主人が牛をひいて山へ薪取りに行く途中のできごとです。 「おとうさん!おとうさん!かわりに山へ行ってやるから牛をおいて帰れ」 と、うしろの方でさかんに呼びとめる者がいたのです。 「子供のいないワシに向かって、おとうさん呼ばわりするとはどこのガキのいたずらだ」 そうつぶやきながらふりかえって見たのですが、それらしき人間の姿はどこにも見あたりません。 「不思議なこともあるものだ」 おやじは、ひとりごとをくりかえしながら立ち去ろうとすると、また同じことばが彼を呼びとめているのです。よくよく注意してみると一匹のカエルが地面にはいつくばったままの姿勢で、しきりにおやじへ呼びかけているのでした。 こんな小さなカエルが…?。 しかし、カエルのくせに人間の言葉をしゃべることができるのだ、と考えなおすと、カエルのいうとおり牛をおいて帰ったのです。 「カエルに牛を引かすなんて、あんたものんきな人だよ」 おやじは、妻女の小言をききながらお茶をすすっていました。 すると、先のカエルがちゃんと牛の荷をこしらえ、それを引かせ帰ってきたのです。 驚いてばかりいる夫婦の目の前で荷をおろし、適当な長さに切って、まさかりで割っています。 またたくまに庭一面に薪が割り干されました。 こんなことがきっかけとなって、カエルは中年夫婦の息子になったのです。
年月が流れました。 カエル息子も嫁を欲しがる年頃になったのです。嫁のきてがあろうかと案じる両親に向かって 「なあに、心配することないさ。自分の嫁は自分でさがす。そのかわり、三合の酒と重箱一杯の餅をつくって下さい」というのです。 さっそく、いわれたとおりのことを準備してやりました。 カエル息子は、それをかついでピョンピョン飛びはねながら嫁御さがしに出かけて行きました。 日の暮れかかった頃、どこかの村にたどりつきました。 そして、 その村一番の美しい一人娘のいる農家へはいって行って一夜の宿を頼みました。 ところが、農家の主人は、 「お前のようなカエルに宿をかすことはできない」 と断るのです。 それでも、カエル息子はあきらめないで 「床下でもかまいませんからぜひお頼み申します。実は、嫁御さがしに行く途中なので、ここに三合の酒と重箱一杯のもちをかついでいるのですが、どうか、これだけは家の中にお預かりいただきたいのですが」 農家の主人はいやいや顔で承知しました。 さて、カエル息子は農家の人たちが寝しずまるのをまって、のっそり家の中にはいあがって行きました。そして、あずけておいた品々を盗み出し娘の寝室にまきちらしておいたのです。
あくる曰の朝のことです。 農家の主が起きだすのを待ちかまえていたカエル息子は、なにくわぬ顔でいいました。 「どうもありがとうございました。これから嫁御をさがしに出かけますので、夕べおあずかりいただいた品を返して下さい」 農家の主人は、いとわしいというような顔つきで家の奥にひっこんで行ったが、カエル息子から預かった品々がなくなっていることに気づくと「チョーシモウタ」と連発しながらあわてだしたのです。総動員で家中をひっかきまわしたあげく空のビンと重箱が見つかったのは一人娘の寝室でした。 てっきり、自分の一人娘が食べてしまったと思い込んだ農家の主人は、何くわぬ顔で「どうしたのですか」と問いかけるカエルに対して、 「実は、夕べあずかった品々をわしの娘が全部たいらげてしもうているわい。チョーシモウタ チョーシモウタ」 と答えながら娘の愚かしさをくやしがっています。 すっかり困りきっている主人とは反対にカエル息子はたいへんな喜びようです。 「それは、ありがたいことです。お宅の娘さんが私の嫁女にきまったわけですね」 なるほど、カエルのいうとおり、先方の酒やモチを飲み食いしたかぎり、その娘は、必ず相手の嫁にならなければならないことは村の《掟》になっていたのだから仕方ありません。 足取りも軽く家路を急ぐカエルの後から美しい娘さんが歩いています。 村はずれのさびしい山道にさしかかった時のことです。道端に大きなハガマのお風呂が沸いていました。 カエルは、後からついてきた娘にハガマの蓋をあけてもらい、さっそく、湯につかりました。すると、みるみる人間の姿に変わり、かたわらに置かれていた着物をつけ帯を結ぶと島一番の好男子に早変わりしたのです。 「お前の両親は、私のことをカエルだとあなどって床下にねかせたぐらいだからさぞかしお前も私を嫌っていることだろう。さっさと帰ってもよいぞ」 「あなたの策略にまんまとひっかかったとはいえ、ひとたび夫と決め、ついてきたのですから、はい、そうですか、といって簡単に帰るわけにはまいりません」 そういうわけで、ふたりは仲よくカエル時代に過ごした老年夫婦の待つ家に帰って行きました。 「こんな立派な息子が、しかも、きれいな嫁御まで伴って…? 人ちがいでございましょう」 かつて、人間の子供を育てたことのない老人夫婦は、何かにとりつかれているのではないかとお互いにつねり合って神経の正常な度合を確かめ合ったりしました。 ところが、目前の若者がカエル息子の生まれ変わりの姿だと知ってたいへん喜んだのです。 「さてさて、もっと喜んでもらうことがあります。大事な大事な親たちも、かわいいかわいい嫁女も、ちょっとの間、家の近くを離れていなされ」 生まれ変わりの息子は、みんなが家の近くを離れている間に、「家、倉ふやせ!」と、となえながら〃テンチクノゴーキン〃という金棒で大地をゆさぶりました。すると、天トウガナシ(天上)から立派な家や高倉などが落ちてきました。 次は「チジマシふやせ」と、やったのです。こんどは田や畑がどっさり落ちてきました。 おかげで、みんなが安心して暮らせるようになったのだそうです。
一年は夢のように過ぎさりました。
若い夫婦の間に子供ができたのです。 さっそく、嫁女の里親たちへも使いを出し《へそつぎの祝》にご出席いただくよう招待しました。
その日のことです。 里親たちは「あんなカエルと一緒になって、まともな暮らしはできないだろう。その上、子供まで生まれたとあってはなおさら困っているはずだ」 と早合点してしまい、おしめがわりにとボロなどをかき集めてやってきました。 ところが、門口に立ってみると想像もつかないほどの立派な屋敷がまえだったのです。 見舞いの品として準備してきたボロを門の外の茂みに隠し、かえって、自分の身づくろいを気にしながら入って行かなければなりませんでした。へそつぎの祝は島一番といわれたほどの盛会だったそうで、また、その後、両家の一族は大いに栄えたとの話です。 (昭和四十五年十一月徳和瀬にて 重久米豊さんから聞いた) www16.ocn.ne.jp/~shiokaze/kaeru.html
世屋の里の棚田にも、こんなカエルがいっぱいいますよ(^.^)
2013/05/29
♪ 真っ赤だなまっかだな つつじのはながまっかだな!とうたいたくなる「やまつつじ」通称アカバナ。
このやまつつじ、6月のウオーク&イートで、対馬シェフに「勝負」してもらいます!
日本の野生ツツジでは分布域がもっとも広い日本の野生ツツジの代表種。生育地が、「 低山地の疎林内、林縁、日当たりのよい尾根筋、草原」つまり、里山、おまけに花は食べられるので、多くの思い出を詰めた日本人の心に咲く花だと思います(^.^)。
例えば、、、、、、これ。
|しずえばあちゃんの回想録 “We Can Do It !” ・・・・・・ 田舎の雑木林の下草として、オレンジの花が若葉色に混じって咲き始める。 この頃になると友達とわくわくしながら「ツツジ狩り」に出かけた。 ツツジの枝は、先端にすっと一本だけ伸びて、その先に数輪の花をグチッと付ける。 その葉の付いていない真っ直ぐな枝を折って、それにヤマツツジの花をちぎって差し込んでいく。 ツツジの花は合弁花でラッパ状である。 花の根元をすっと引っ張ると、めしべやおしべはがくにくっついたまま枝に残り、 花びらだけが抜ける。それを串差しにして摘んでいくのだ。 これを何にするのか?首飾りか?違う。 食べるのだ!かぶりつくのだ! おいしいのだ!ほのかに甘く、ほのかに酸っぱい。
誰が教えてくれたのか、きっと兄だったように思うが、「ヤマツツジ」は食べられる。 これは私たちにとっては魅力的だった。 大量に食べるわけではないが、雑木林の道端に入り込んで、花摘みをする。 ちょっと少女っぽくって、お遊びっぽくって、冒険っぽくって、 桜が終わったあとのちょっとしたイベントだった。 ・・・・・・・・・ameblo.jp/shizuegrandma/entry-11526039742.html
、、、、、この通りです。