宮津エコツアー · 11月 2015

11月 2015

大雨でした。
滝も雨、

IMG_5679たき

地蔵様も雨

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柿も雨

IMG_5630かき

その雨の中。

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溝が詰まって道に溢れるとあかんで、と
、、、、、
この雨、どうもつめたないですなぁ、

いまごろなら、びったれ(みぞれ)か゛まじってもええですのになぁ
日置ではシャクナゲが咲いとりましたで、
かえり花のおおい年はぬくい年だいいますがなぁ

、、、

え、「帰り花」?

◆春雨と思ふ日もあり帰り花  蓼太
「初冬、小春日のころに返り咲く花をいう。桜・桃・梨・山吹・つつじなどに多く見られる現象。思いがけなく、ニ・三輪咲いたけなげな花に、やがて来る厳しい冬を思いやる。」
狂い咲きなどというよりよほどきれいな表現です。
さらに、おっさんの墓地でツバキ。

IMG_5638ツバキ

木偏の春で椿なのに。かえり咲きあり、早咲きあり。初冬の様子がへんです。

鹿の角!

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常吉百貨店で。

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まあこんなものここしかないですよ、値段は一本1000円 二本3000円 え? 二本は一対なので。
鹿もおじいちゃんおばあちゃんを困らせていることを自覚しているんでしょうか、せめてまあ、お詫びに角でも、、、。

ちょっといとおしく思いました。

鹿は聖獣、兜にも角、龍も角!おまけに、乾燥粉末や黒焼末は強壮・強精になるとか。 そんなこともあるのか、よく売れるそうです。
ところで、鹿肉、いまでこそジビエともてはやされていますが、仏教国教化に伴う肉食禁止の大号令のおかげをこうむって、おおっぴらには食べることは認められていませんでした。しかし、体が求める物を禁止することなどできません、表向きは従っているように繕う術を工夫しました。隠語、鹿肉を食ってるな、けしからんといわれたら、いえいえ、これは鹿ではございません、モミジでございます!そんなふうにして、猪をボタン、馬をサクラ、鶏を柏、など植物にたとえて食していたということです。

また、シカはなぜシカか、その語源です、『古くは、シカは「カ」といった。 その「カ」に「シ」が付いた「シカ」がオス、「メ」が付いた「メカ 」がメスを表した。 オスを表す「シ」は「夫」を表す古語「セ」の転で、メスを表す「メ」は「女」 である。 やがて、オスを表す「シカ」がメスも表す』ようになったということ。

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今なら、まだある、急げ常吉へ!

もうこんな季節なんですねぇ!

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スノーポール!除雪作業の安全に欠かせないの目印です。

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雪の多いところからたてていかれるのだそうです。
まず、世屋街道から、、。

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この作業、例年冷たい霙まじりの中の作業、というところですが、今年はと゛うもそんな様子ではないのです。

今年の冬の雪予想は、  「北からの寒気の影響が少なめで気温が高く、冬型の気圧配置が長続きしないので雪や雨の日が少なく、降雪量は少ない」。

日置ではシャクナゲ、

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これも暖冬を予想しているようなきがします。

 

野田川サケ今秋も。

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「内湾に注ぐ野田川はかつてサケの産地として知られたが、戦後は農業用の堰(せき)が増えて繁殖できない環境になっていた。最近、堰が可動式になったことで復活したとみられ、新潟市の日本海区水産研究所は「野生魚の生態を知るうえで貴重な発見」として、地元の府立海洋高校と共同研究」が動き出したと毎日新聞。5月には、回遊の旅に出る前の稚魚も確認されているとのこと。

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サケ見物の方たちがひきもきらず訪れていらっしゃいました。

さて、 今から2万年前のこと、地球の寒冷期のピークには、海面は現在より約120mも低い位置まで低下していたといいます。 120m の水深というと冠島の北約6km 付近。そこまで当時の海岸線は前進しており、そこには世屋川や大手川、野田川へと分かれる仮称宮津川が流れ、そこを今のサケのご先祖様も上ってこられたのでしょう。

DSCF2762さけ

このサケのことをカムイチェプ(神の魚)、またシペ(本当の食べ物)とアイヌ民族。

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(↑ 世屋川 日置河口)

彼らはこの宮津川流域にも住み着いていたとかんがえられます。流域に生育するブナ、トチ、栗などの山の恵みと海から上るサケを獲ての暮らし、それが縄文時代、その期間は一〇〇〇〇年といいます。豊かで安定していたからこその長さなのでしょう。

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「戦後は農業用の堰(せき)が増えて繁殖できない環境になっていた。最近、堰が可動式になったことで復活したとみられ」と毎日新聞。固定堰を、可動堰に変えたきっかけは、台風による豪雨災害。これがあったから、サケはのぼってこれるようになったということ。人間はしたことがまちがっているということがわかっても、すぐにあらためることができない、そんなことがたくさんあります。うかつなことはいえませんか、自然がそんな人間の様子をもどかしくおもってわたしがやってやるとちょっとばかりあばれまわったのかしら、とふとおもいました。

地元のかたに「空にコウノトリが舞い、川にはサケ!野田川周辺の近年の自然の回復は、めざましいものがありますね」とはなしをむけたら

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「フナとかモロコがいなくなったままだ、河川と水田とのつながりかたなどフナとかモロコの言い分を聞いてやって改良をはかることがわたしらの課題だ」とおっしゃっていました。

杉山林道茶屋ガ成る~登山道から嫁入り道~杉山尾根~頂上~展望台~林道終点~林道歩き~茶屋ガ成る。11月11日は朝曇り~快晴になり尾根歩きの時には快晴の空

(写真はクリックすると拡大します)

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山には真っ青な空が合いますね!!

 

DSCN6345尾根3本の大杉すると大きな杉の1群が出て来ました。これは3株の杉からできています。杉にパワーをもらって進みます。

DSCN6351オオウラジロ

その杉の横には大木が・・・後でAさんに聞くとオオウラジロノキとのこと

 

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約3時間歩き、尾根の平らなところでお昼にしました。近くの岩の上から橋立が望めます。

 

 

DSCN6366尾根の大杉全景

昼食後、さらに30分程進むと巨大な樹形が・・・

 

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尾根の巨大スギでした。杉山頂上はもうすぐです。

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尾根ではほとんど落葉していましたがコハウチワカエデがまだ鮮やかに残っていました。

 

 

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巨大スギから約10分杉山頂上に着きました。

 

DSCN6376橋立展望

杉山頂上から風穴へ向けて、2~3分のところに橋立展望の場所が・・・左手に広い平らな場所があります。笹を苅込み展望良くしました。
皆さま頂上へ行かれましたら是非この場所へ足を運んでください。頂上からは展望ありませんがここまで来れば絶景です。赤いテープが目印です。

 

DSCN6388終点景色

尾根で作業を終えて林道終点まで降りて来ました。約10日ほど前に終点の展望地を伐採していただき今は橋立がスッキリと見えます。

 

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林道を歩いていると冬の太陽は横から入ります。幻想的な景色に出会えました。

本日は3人で歩きましたが、お昼前からは快晴の青空で・・・登山道整備を兼ねて展望台も整備し大変お疲れ様でした。

 

普茶料理とやらを食べにちょっと宇治までいってこよう、

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ついでにいきたいとこないか、

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そうやなあ、大山崎山荘美術館!

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そこの安藤忠雄さんの地中の宝石箱をみたぁい。

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源氏物語ミュージアムも!

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殿上人の暮らしをかいまみたい

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そんなわけで、「与謝野IC(8;30)→大山崎山荘美術館→黄檗山萬福寺→源氏物語ミュージアム→与謝野IC(17;00)」。

、、、、、こんなことができるのも丹後から京都方面へが早く近くなったからこそ。

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さて、逆もまたあり。京都から丹後へはどうか、

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ただし、企画のいまだけ・ここだけ・あなただけ度がどれだけあるか、よりシビアにそれがとわれる。

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土地柄それはやむを得ない。それはそうとしてそういうことなら、さしあたり、◆日時 12月5日(土)午前10;30~午後15;00  ◆講師 小野泰昭先生  (加悦・宝厳寺住職、与謝野町文化財審議委員)里山の原型ウオークと講演「俳句でたどる辛苦の米づくり~世屋・小川てるみさんの聞き書きを添えて~泥舐めんばかりに這うて田草取り (若井新一)」

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これなどは、京都市内ではありえない企画。
◆集合 世屋高原家族旅行村「しおぎり荘」◆日程 現地見学 午前10;30 → 昼食12;00 → 講演懇談13;00
※昼食からの参加、講演だけの参加も可能です。
◆参加費 1350円(食事・保険料として)

、、、、、、、

おや、どちらへ?

ちょっと丹後まで、話を聞きに!

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、、、、こんなことになればいいなぁとおもいませんか。

里ふりて柿の木もたぬ家もなし    と松尾芭蕉さん。

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柿渋に良し生食でもよし保存食によし  身近さナンバーワン、

IMG_5501かき

歌の種としてもその数の多さトップクラスの植物、
◇ にぎやかに柿をもいでいる   種田山頭火

◇山里はひたむきに柿の赤くて   種田山頭火

◇刈田すく 昼の休みに木にのぼり 赤き熟柿を さがしつつ食はむ  古泉千樫 などなど

※「四季の植物の歌」から拝借。
www.geocities.jp/sikinosyokubutu/kakinohana.html
(これば凄いて゛すよ!一見の価値あり、訪問してみてください。)

◇ 山つづき 柿の畑に雲の来て 時雨降る日は 寂しかりけり  島木赤彦

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それにしても、このなりかた、異常ではないですか、

IMG_5479柿

聞いてみると、 雌花 雄花 はあるのだけれど、受粉しなくても実になる性質をもっているんですって。

11月11日曇り空から快晴の天気・・・杉山林道茶屋ガ成る~嫁入り道~尾根杉山頂上~林道終点~茶屋ガ成る(写真はクリックすると拡大します)

 

DSCN6376橋立展望尾根頂上近くから橋立展望

 

最初、茶屋ガ成るから新しくついた登山道に入ります。

 

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小さい小山を超えて嫁入り道に降りて行きます。

 

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2本の天然スギが迎えてくれます。

 

DSCN6336岩から2

歩きはじめて約1時間大きな岩の上に出ました。小山の向こうに茶屋ガ成るの上スキー場が見えて来ました。

 

DSCN6337尾根の展望

歩きかけて約2時間尾根の展望に着きました。辛皮方面が見えています。

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樹々の間から橋立が垣間見えます。

続きます・・・

 

葛タワー どうせなら、日本一になれ!と応援しています。

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そうやってみていると、うむ!似ている、

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観音様だと思うようになりました。

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葛は黄葉します、

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こちらは「幸せの黄色いハンカチ」!

回りに合わせて変化するタコがいますが、葛にも知性感性か゛備わっている気がします。

「世屋高原の特設見張り所」 の見学と、丹後の太平洋戦争のお話をきく勉強会、地元の方、遠くは京都市内から多くのみなさんの参加をいただきました。

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当時のことを現場で見聞された地元の方、さらに、舞鶴工廠でその機材そのものの能力向上の整備に当たられた方たちに参加していただき、その証言によってこの「世屋高原の特設見張り所」か゛ 、小さくても、大きな耳(聴音機)とよく見える目(照空機)で、敵機の襲来を見張り、我が国を守ろうとしたんだとあらためてわかりました。はじめのころ、ここは、双眼鏡をもった兵隊さんたちが、小高い山の尾根に分散して、眼下の海を文字と゛おり「見張って」みはっていらっしゃったのた゛、という認識た゛ったことを思えば(はずかしながらそうなのです)たいへんな収穫です!

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さて、 70年の眠りについていた見張り所。

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(↑ 左寄りの森に見張り所か゛ねむっていた)

たまたま池の縁にモリアオガエルが卵を産み付けていたことか゛きっかけで目覚た遺跡、様子は掘り起こされてあらましわかったわけで、今後は、その保全、保存について、対応の仕方が課題になります。

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道は二つ、ここまで!、今後はふたたび自然に森の復活に委ねる、消極的保全というのか、また、今後いつか同じように驚かせるのに期待する、これが一つ。
もう一つは、果たしてそれはどうなのか、遺跡は小さくても、歴史を証言するものの一つであることは間違いない、ことも認識できた、たまたま姿を現したことに意味を見出し、周辺整備、看板設置などを図って今後に渡す道です。

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エコツーリズムの立場としては地域の自然文化財と社会文化財との違いはありますが、地域の宝物を生かすことは共通です、二つ目の道を行くこと、これが望ましいのは言うまでもありません。戦争遺跡平和遺産。国の存亡をかけた戦争の歴史を証言するものの一つであることは間違いない。

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大きな耳とよく見える目で、命や暮らしや国を脅かす物を見張らねばならないのは今も昔もかわりはありません、なのに現代人たちよ、君たちの聴力や視力はおちているのじゃないか、それを私たちにいうためにこの遺跡が今姿を現してくれたとしたら、それに応えなくてはいけないじゃないですか。

見張り所 001

、、、こんなことを思っています。そのためには、土地や構造物の所有者、権利者、管理者、などの特定からはじめなければなりません、またまた、長い道が、、!

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天気にめぐまれ、会場のしおぎりそう荘では海幸山幸の素材を工夫したお昼を準備して、もてなして頂きました。ありか゛とうございました。。

 

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