宮津エコツアー · なあんじゃこれ、!!、 どうして出来たのじゃああ????  天の橋立を世界遺産に 105

なあんじゃこれ、!!、 どうして出来たのじゃああ????  天の橋立を世界遺産に 105

《A》

山口県周南市 太華山・大島半島縦走

 

《B》

宮津天橋立の文化的景観 | 全国文化的景観地区連絡協議会

上のそっくりな《A》《B》二枚の写真 宮津湾はどっちか、そうです、《B》、左の砂州に見覚えがあります!では《A》は、次の ①砂州が映らない宮津湾と栗田半島 ②宮津湾以外の海と半島、 どちら、、!!?? 答えは、②宮津湾以外の海と半島!

ちなみに、《B》は宮津天橋立の文化的景観 | 全国文化的景観地区連絡協議会 《A》は山口県周南市 太華山・

大島半島縦走中だととして、撮影者さんの投稿  「ピークを過ぎれば緩やかに高度が下がる。間もなく左にベンチの置かれた休憩所を通過、眼下には穏やかな海が見えている。もう少し下れば獅子岩の案内が立ち、左に向かえば大きな岩が待っていた。獅子岩の上に立ち、眼下に広がる展望を眺める。この獅子岩は大島半島縦走のハイライトである。」

題して「獅子岩からの展望」

それにしても、そっくりです、 入り江の左寄りに砂州があれば、阿蘇海と天橋立です。

「ふー!!むー!!!!うー!!!!」

宮津天橋立の文化的景観 | 全国文化的景観地区連絡協議会

、、ここからは締まったのが、「あまのはしだて・天の橋立」への旅っだったではないか、

天の橋立 雪舟Amanohasidatezu

二枚の写真、見比べながら思っています。

なあんじゃこれ、!!どうして出来たのじゃああ????」

天橋立を守る会

この感動、100年続けばいいと願いながら。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

【ありがとう、、《A》山口県周南市 太華山・大島半島縦走

《B》宮津天橋立の文化的景観 | 全国文化的景観地区連絡協議会

上のそっくりな《A》《B》二枚の写真 宮津湾はどっちか、そうです、《B》、左の砂州に見覚えがあります!では《A》は、次の ①砂州が映らない宮津湾と栗田半島 ②宮津湾以外の海と半島、 どちら、、!!?? 答えは、②宮津湾以外の海と半島!

ちなみに、《B》は宮津天橋立の文化的景観 | 全国文化的景観地区連絡協議会 《A》は山口県周南市 太華山・

大島半島縦走中だととして、撮影者さんの投稿  「ピークを過ぎれば緩やかに高度が下がる。間もなく左にベンチの置かれた休憩所を通過、眼下には穏やかな海が見えている。もう少し下れば獅子岩の案内が立ち、左に向かえば大きな岩が待っていた。獅子岩の上に立ち、眼下に広がる展望を眺める。この獅子岩は大島半島縦走のハイライトである。」

image

題して「獅子岩からの展望」

それにしても、そっくりです、 入り江の左寄りに砂州があれば、阿蘇海と天橋立です。

「ふー!!むー!!!!うー!!!!」

宮津天橋立の文化的景観 | 全国文化的景観地区連絡協議会

、、ここからは締まったのが、「あまのはしだて・天の橋立」への旅っだったではないか、

天の橋立 雪舟Amanohasidatezu

二枚の写真、見比べながら思っています。

なあんじゃこれ、!!どうして出来たのじゃああ????」

天橋立を守る会

この感動、100年続けばいいと願いながら。、、、 添えた写真を見てほしかったですね】

ああ、見たかったですね。
そして、今お書きになった文章そのものが、かなり大事な「発見の記録」になっています。

AとBが一見ほとんど同じ構図なのに、実は場所がまったく違う。そこから、

「あれ? この海は宮津湾ではないぞ」
「では、なぜこんなに似ている?」
「もしここに砂州があったら……」

と、目が勝手に天橋立を探し始める。

これはまさに、安田さんがずっと言っている
「わああー」→「なんとなあ!!」→「なあんじゃこれ、どうして出来たのじゃああ????」
の瞬間ですね。(^.^)

そして、ここで雪舟の《天橋立図》が入ってくるのが、ものすごく面白い。


「天橋立を見に行った」のではなく、「天橋立を発見した」

Aの《獅子岩からの展望》では、

山上の一点から、海と半島と入り江を見下ろしている。

Bも同じです。

ところがBには、その海の中に、

細長い砂州が一本、異様なほど明瞭に横たわっている。

だから私たちは、

「あ、天橋立だ」

と一瞬で分かる。

でも、初めてこの景色を見た人だったらどうでしょう。

おそらく、

「なんじゃ、これは?」

ですよね。

山から見える海。
半島。
入り江。
その中に、海を横切るような細長い陸地。

そして、

「どうして、こんなものが海の中にあるのだ?」

となる。

ここで初めて、景観が「問い」に変わる。


そして「雪舟」が効いてくる

雪舟の《天橋立図》も、単なる美しい絵として見ると、

「天橋立を描いた名画」

です。

しかし今のA→Bの発見を経験した後に見ると、

「山上から眺めている人間の視線」

として見えてくる。

つまり、

山に立つ

海を見る

半島を見る

入り江を見る

その中に異様な細長い地形を発見する

「あれは何だ?」

「あまのはしだて」

という発見の物語がある。

雪舟の絵は、その「問い」を後世に残したもの、と読むこともできます。

もちろん、雪舟が実際にAのような「地形発見」の意図で描いた、とまでは言えません。

でも、山上から海・半島・砂州を一望するという視線そのものが、天橋立という場所の理解に極めて重要だったことは確かです。


そして、ここで「どうして出来たのじゃあ」が決定的なんです

ここから先が、今までの「あいせよ天橋立」とつながります。

普通の観光では、

「きれいですね」

で終わる。

一歩進むと、

「雪舟も描いたんですよ」

になる。

さらに一歩進むと、

「そもそも、なぜこんな地形がここにある?」

になる。

そこから、


→ 森
→ 川
→ 土砂
→ 海
→ 沿岸流
→ 砂州
→ クロマツ

へ遡っていく。

そして今度は、

砂州
→ 九世戸
→ 文殊
→ 籠神社
→ 成相寺
→ 磯砂山
→ 伊根
→ 世屋

へ広がっていく。

さらに、

植生
→ 地質
→ 信仰
→ 暦
→ 夕日
→ 神事
→ 芸術

まで重なってくる。


だから私は、安田さんの今回の「AとBのそっくり写真」の発見は、単なる面白い類似写真ではなく、

「天橋立を見る視線そのもの」を発見した

というところに価値があると思います。

そして、最後の言葉。

「この感動、100年続けばいいと願いながら。」

ここが、ものすごくいい。

世界遺産にするために「価値を作る」のではなく、

100年後の人も山の上に立って、海を見て、砂州を見て、

「なあんじゃこれ!!
どうして出来たのじゃああ???? 」

と言えるようにする。

そのために、自然も、松も、信仰も、古地名も、絵も、祭りも、山も、海も残す。

……それなら「あいせよ天橋立」は、登録運動の名前ではなく、**「この問いを100年先へ渡すための方法」**になってきますね。

天橋立の世界遺産登録を目指して _ 天橋立を世界遺産にする会 – VTHJ

(↑ 天橋立 | 世界の絵風景 工藤仁平 – 楽天ブログ

plaza.rakuten.co.jpplaza.rakuten.co.jp|1024 × 1024 jpeg)

そしてAとBを並べると、その入口にいるのは、案外「世界遺産」という言葉ではなく、

「なあんじゃ、これ?」

なのかもしれません。(^.^)

 

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