富国強兵から富国環境へ 天の橋立を世界遺産に 109
2026年9月19日 in 世屋・高山ガイド部会 by yasuda | No comments

(↑ 日本三景に選ばれた絶景とグルメを満喫!天橋立の観光ガイド | GOOD LUCK TRIP)
おはようございます。
はい、私はかなり強い定義になってきたと思います。
特にいいのは、天橋立を「砂州」という一つの地形名で終わらせず、それを生み出した周囲の地形・河川・海の関係まで含めて定義しているところです。
ただ、地質地形学として少しだけ言葉を整えるなら、こうでしょう。
天橋立とは、リアス海岸が発達する若狭湾西端の宮津湾において、丹後半島と栗田半島にはさまれた海域へ、野田川と世屋川などが運んだ土砂が供給され、海岸流によって運ばれ・集積して形成された砂州である。
そして、ガイドとしての言葉なら、私はむしろこちらが好きです。
天橋立――二つの半島、二つの川、そして一つの海が創った奇跡。
これ、かなり強いです。
なぜなら、
丹後半島
↓
野田川・阿蘇海
↓
天橋立
↑
世屋川
↑
栗田半島・宮津湾
という「地形の舞台」が見えてくるからです。
ただし、一点だけ大事な科学的整理があります。
「二つの河川が創った」は、少し慎重に
野田川と世屋川を**「二つの主要な土砂供給系」**として捉えるのは、とても面白いです。
しかし、天橋立の砂が実際にどの河川から何%来たのか、というところまで確定しているわけではありません。また、海岸流による沿岸漂砂、波浪、海面変動、地盤変動なども関わります。
ですから、
「野田川と世屋川が創った」
を科学的事実として断定するより、
「野田川と世屋川という二つの河川系が土砂を供給し、宮津湾の海流・波がそれを運び、二つの半島にはさまれた海に砂州が育った」
とすると、ぐっと強くなります。
そして、ここが面白いんです。
これまで話してきた「世屋へ行く」という意味が、一気に変わります。
天橋立から世屋へ行くのは、天橋立を離れることではない。
天橋立をつくった側へ、逆向きに旅することになる。
砂州から川へ。
川から森へ。
森から山へ。
つまり、
「天橋立を見に行く旅」ではなく、
「天橋立がどこから来たのかを遡る旅」
になる。
そしてその先に、以前お話しした
山 → 森 → 川 → 海 → 砂州
という「生命の銀河」がある。
さらに反対側には、
丹後半島 ↔ 栗田半島
野田川 ↔ 世屋川
阿蘇海 ↔ 宮津湾
という、二つのものの間に天橋立が生まれたという構造がある。
これは、あの
「なあんじゃこれ、どうして出来たのじゃああ????」
という問いに、かなり真正面から答え始めていますね。(^.^)
そして私は、もう一歩だけ踏み込みたいです。
「奇跡」ではあるけれど、偶然の奇跡ではない。
地球科学的には、
大地がつくった地形条件 × 河川が運んだ土砂 × 海が運んだ力 × 長い時間
が重なって、人間から見ると「奇跡」に見える地形ができた。
だから、
「この景色の中に、地球の物語がある。」
が、ここで初めて具体的な地球科学の物語になるのだと思います。
そしてその「地球の物語」の入口として、
「二つの半島と二つの川が出会うところに、天橋立が生まれた。」
これは、かなり使える一行だと思います。

(↑ 《若狭湾》日本列島のくびれが若狭を御食国にしました|ニッポンの魚が美味しい理由 | Discover Japan | ディスカバー・ジャパン)
【ありがとう、若狭湾を形成する、名のある半島、その数が知りたいです、分かりますか】
今回確認した資料では、かなりきれいに整理できます。
若狭湾の「主な半島」は、東から数えて8つ
環境省・福井県などの資料を突き合わせると、若狭湾の主要な半島として、おおむね次の並びになります。
東 → 西
- 敦賀半島
- 常神半島
- 内外海半島
- 大島半島
- 音海半島
- 大浦半島
- 栗田半島
- 丹後半島
ただし、資料によって**「音海半島・大浦半島」を一体的に扱ったり、小さな半島を含めたりする**ので、単純に「若狭湾には8半島」と固定するのは避けた方がよさそうです。
福井県は、若狭湾国定公園について「敦賀・常神・内外海・大島・内浦などの半島」としています。
一方、原子力規制委員会の資料では、西から丹後・栗田・大浦・音海・大島・内外海・常神と、7つの主要半島を列挙しています。ここでは敦賀半島を若狭湾の東端側に含めるかどうかで差が出ています。
日本大百科全書も、湾内に栗田・大浦・内浦・大島・内外海・常神・敦賀などの半島が突出すると説明しています。
そして、ここが安田さんの天橋立論にとって面白いところです。
「二つの半島」は、宮津湾の話として非常に意味がある
若狭湾全体を見ると、
丹後半島 ― 栗田半島 ― 大浦半島 ― 音海半島 ― 大島半島 ― 内外海半島 ― 常神半島 ― 敦賀半島
と、まるで巨大な櫛の歯のように半島が海へ突き出している。
その一つ一つの間に湾が入り込む。
そして国土地理院も、若狭湾を典型的なリアス海岸として扱い、宮津湾・舞鶴湾などを「リアス式海岸(溺れ谷)」として記載しています。
だから、先ほどの安田さんの定義、
「リアス式海岸若狭湾の西端、丹後半島と栗田半島、野田川と世屋川、二つの半島、二つの河川が創った奇跡」
は、かなり面白い。
ただ、私はここでさらに一段階、整理したいです。
若狭湾全体では「多数の半島と湾」がつくったリアス海岸。
その最西端の一つの湾=宮津湾では、「丹後半島と栗田半島」が向き合う。
そのさらに奥で「野田川・世屋川などの河川」と海の作用が出会い、天橋立という砂州が生まれる。
つまり、
若狭湾という巨大な地形構造の「最後の一仕事」として、天橋立がある。
……こう見ると、天橋立が急に小さな砂州ではなく、若狭湾という巨大な地形物語の終章になってきますね。
そして、これは以前の
「天橋立だけでは天橋立にならない」
という話と、ものすごくよくつながります。
若狭湾 → 丹後半島・栗田半島 → 宮津湾・阿蘇海 → 野田川・世屋川 → 土砂 → 沿岸漂砂 → 天橋立
です。
これは、かなり「地質地形版・天橋立憲章」の骨格になりそうです。(^.^)
![]()
【ありがとう、、富国強兵から富国環境へ、天橋立に大砲の砲身が展示してしてある、そのメッセージを考えたときに、このアイデアとつながったのです(^.^)】
ああ……なるほど。(^.^)
「大砲」から「富国環境」へだったんですね。
それなら、この言葉は単なる時代区分ではなく、天橋立に置かれた一門の大砲を「読む」ための言葉になります。
天橋立に大砲があるということ自体が、ものすごく象徴的です。
かつて近代国家は、
国を豊かにすること(富国)
+ 国を強くすること(強兵)
によって国土を守ろうとした。
その「強兵」の象徴が、砲身。
ところが今、その砲身を見ている私たちは、別の問いを持つことができる。
では、これからの時代に、この美しい海と山と砂州を、何によって守るのか?
大砲ではありません。
森を守る。
川を守る。
海を守る。
砂州を守る。
松を守る。
文化を守る。
そして、それらを支える地域の暮らしを守る。
つまり、
富国強兵から、富国環境へ。
なんですね。
しかも天橋立の場合、「環境」が単なる自然保護ではない。
世屋の森があり、
世屋川があり、
宮津湾・阿蘇海があり、
天橋立という砂州があり、
そこに松が生え、
人間の信仰と文化が積み重なり、
それを今度は観光と地域経済が支える。
だから「富国環境」は、
自然を守って経済を我慢する
という話ではなく、
自然・文化・暮らしを豊かにすることそのものが、地域の豊かさになる
という意味にできる。
そして……ここが実に天橋立らしい。
大砲は「守る」とは何かを問い返している。
かつては、
外敵から国土を守る。
今は、
気候変動、生物多様性の喪失、人口減少、文化景観の劣化から、地域の未来をどう守るか。
です。
そして未来には、
「守る」だけではなく、どうすれば次の世代がこの場所を豊かに生きられるか。
になる。
だから、大砲を撤去する必要もないし、単に「戦争の遺物」と説明して終わる必要もない。
むしろ、
「この大砲は、富国強兵の時代から私たちに届いた問いである。
では、地球時代を生きる私たちは、何によってこの国土を守り、豊かにするのか。」
と読む。
そしてその答えの一つとして、
富国環境
を置く。
いやあ……これは、かなりいいです。
しかも、以前の安田さんの言葉、
「天橋立を見に来た人が、丹後そのものを発見して帰る。」
とも完全につながります。
大砲 → 天橋立 → 丹後の山・森・川・海 → 地球環境 → 未来
となる。
そうすると、あの大砲は過去の遺物ではなく、未来へ向けた案内板になるんですよ。
そして私は、この一行を残しておきたいです。
**かつて国を守った大砲。
これから国を豊かにするのは、何か。**
富国強兵から、富国環境へ。
……天橋立に置かれた大砲が、まさか**「世屋の森まで歩いて行け」**と言っているとは。(^.^)

【ありがとう、、、天橋立・松島・安芸の宮島を日本三景とした江戸幕府が倒れ、時代は明治へ、この時代のテーマは、富国強兵でした、、明治政府も日本三景は維持しました。さらに進んで現代に、地球時代到来と言っていいですね、そんな現代から未来への時代のテーマ、これを、富国環境、、と置いてみたい、その「富国環境」の視点から、天橋立の世界遺産登録を見、論じることは出来ないかと考えたのです。】
おはようございます。
いやあ、これはかなり大きな視点転換だと思います。
私は、「富国環境」という言葉は、安田さんのこれまでの天橋立論を現代から未来へつなぐ軸として十分使えると思います。
ただし、世界遺産制度との関係では、一つ大事な整理があります。
「富国強兵」から「富国環境」へ
もちろん「富国環境」は歴史上の正式な政策用語ではありません。安田さんが置かれた現代・未来を考えるための造語ですね。
でも、時代の流れを大きく捉えると、面白い三段階になります。
| 時代 | 日本をめぐる大きな課題 | 天橋立の位置 |
|---|---|---|
| 江戸 | 海・交通・文化・名所の形成 | 三処奇観の一つ |
| 明治~近代 | 富国強兵・近代国家形成 | 日本三景として継承 |
| 現代~未来 | 地球環境・持続可能性・地域社会 | 「富国環境」? |
ここで面白いのは、明治政府が日本三景を捨てなかったことです。
つまり、政治体制も国家目標も大きく変わったのに、
「この三つの景観は、日本にとって大切なものだ」
という文化的な価値は継承された。
これは、天橋立を考える上でかなり重要な事実だと思います。
そして現在、世界遺産制度そのものが変わってきている
ここが、安田さんの「富国環境」と非常にうまく接続します。
UNESCOの世界遺産条約は、そもそも第一義的には顕著な普遍的価値(OUV)を持つ文化遺産・自然遺産を保護する制度です。
ところが2015年、世界遺産条約の実施に「持続可能な開発」の視点を統合する政策が採択されました。
そこでは、
環境的持続可能性
+社会的包摂
+経済的包摂
を相互に関連するものとして扱っています。
さらにUNESCOは、
生物多様性と地域文化は、世界遺産の多くにおいて相互に結びついた社会・生態系を形成している
という考え方まで明確にしています。
ここなんですよ。
安田さんがずっと考えてきた
山 → 森 → 川 → 海 → 砂州
と、
信仰 → 参詣 → 景観管理 → 暮らし → 観光
が重なっている天橋立の姿と、かなり響き合っています。
だから「富国環境」は、こう定義できるかもしれません
私は、
富国環境とは、自然環境を守ることで経済を縮小させるのではなく、自然・文化・地域社会そのものを豊かにすることによって、国と地域の持続的な豊かさをつくる考え方。
くらいに置いてみたいです。
「富国強兵」が、
国土・産業・軍事力を強くして国家を豊かにする
という近代国家の論理だったとすれば、
「富国環境」は、
大地・水・生態系・文化・地域社会を健全にして、その価値を次世代へ渡すことが、結果として地域と国を豊かにする
という発想です。
そしてこれは単なる「環境保護」とは少し違う。
天橋立は、その実験場になり得る
ここが一番面白いところです。
たとえば、
世屋の森を守る
↓
森林・水源・生物多様性が維持される
↓
世屋川が流れる
↓
海へ土砂・有機物・水が運ばれる
↓
宮津湾・阿蘇海の環境が維持される
↓
天橋立という地形・景観を考えることができる
↓
そこに松・文化・信仰・観光が重なる
↓
観光客が丹後全体を歩く
↓
地域経済が循環する
↓
その収益や関心が山・海・文化の保全へ戻る
となる。
つまり、
環境を守ることと、地域を豊かにすることを別々にしない。
これが「富国環境」ではないでしょうか。
そして世界遺産の意味が変わってくる
ここは慎重に言いたいです。
「富国環境に役立つから世界遺産にする」ではありません。
それでは世界遺産の論理が逆転してしまいます。
世界遺産でまず問われるのは、あくまで
「この場所には、人類全体にとって顕著な普遍的価値があるのか」
です。
その上で、その価値を守ることが、
環境・社会・経済の持続可能性にどうつながるか
を考える。
UNESCO自身も、持続可能な開発への貢献を認めつつ、OUVを損なってはならないとしています。
だから私は、天橋立については、
第一の問い
「なぜ天橋立は、人類にとって大切なのか?」
第二の問い
「その価値は、どのような自然・文化・社会のつながりによって成立したのか?」
第三の問い
「そのつながりを、21世紀から22世紀へどう引き継ぐのか?」
この三段階にすると、とても強いと思います。
そして「日本三景」と「世界遺産」が一本につながる
ここ、私はかなり好きです。
江戸の人々は、
松島・天橋立・厳島
を「三処奇観」として一組にしました。
それは、少なくとも記録上確認できる日本三景の原点です。
その後、時代が変わっても「日本三景」は生き残った。
そして今度は私たちが、
「なぜ300年以上経っても、この三つは大切なのか?」
と問い直す。
さらに、
「江戸時代の日本三景を、地球時代の世界遺産という尺度で見直すと、何が見えてくるのか?」
と問う。
これは面白いですよ。
「三景」から「地球景」へ
少し大胆に言えば、
日本三景は、
日本人が日本列島の中で「これは特別だ」と発見した景観。
だった。
これからの世界遺産は、
人類が地球上で「これは人類全体の遺産として残す意味がある」と認識する景観。
です。
そう考えると、
江戸 → 日本という国土の発見
明治 → 近代国家としての日本
現代 → 地球という共有環境の発見
という大きな視野が出てくる。
そして「富国環境」は、その現代から未来への合言葉として置ける。
そして何より、安田さんがこれまで言ってきた、
「天橋立を展示物にしない。天橋立を問いの入口にする。」
が、ここで効いてきます。
世界遺産登録を、
「天橋立を世界遺産にする運動」
だけで終わらせず、
「天橋立を入口にして、地球時代の地域の豊かさとは何かを考える」
という運動に変える。
その時、
**「富国強兵」の時代に日本三景が継承された。
「富国環境」の時代に、天橋立は何を人類に語るのか。**
これは、20年間の世界遺産可能性検討を次の20年へ渡すための、かなり大きな問いになりそうです。
そして京都府自身も現在、天橋立について「国際的な理解を深め、その評価を向上」させながら暫定一覧表記載を目指す取り組みを続けています。
だから私は、「富国環境」を世界遺産登録の理由そのものにするのではなく、OUVを現代と未来につなぐ上位概念として置くのが、一番筋がいいと思います。
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