小松尾橋のカーブの山側に、ひときわ手入れの行き届いた植林!

手塩にかけて打ち込んで世話しなければここまでにはなりません。吉岡徳雄さんの山です。そのお仕事に対して、高い評価。
上世屋立ち寄りの際には、是非見てください。
また、この付近は、やまなしの巨木、稲木立つなどがあり、優秀な里山景観を楽しめる所です。
沿道に、ナデシコが咲き誇るのもまもなく。
立ち並ぶ杉の美しさに加えて、里山の美しさの見所として、整備していきたいところです。
はるばるきたぜ、鳥取に♪
主たる目的は山陰海岸ジオパーク探索。
山は西ヶ岡棚田!
やってるなぁ!、、、、言葉、あと出ず。
歴史は万葉の大伴家持さん、
そして原始布。
藤布の説明には、、!
鳥取で「上世屋」に逢うとは思いませんでした。
ちなみに万葉人が今も息づいているんですよ、この上世屋には!
ここも見逃せない、
カツラやでカツラ!
ちょっと一息と言う施設も充実。
特にラッキーだったのは、エイブラハムリンカーンさん、この方に砂の美術館で会えたこと!
というのが、上世屋の金さん始め全国の二宮金次郎さん、この方とリンカーンさんとは関係が大変深いのです。
「二宮尊徳の教えは戦後教育の中で否定された部分が否めないが、はっきりしていることは進駐軍の考えでなかったことである。司令部の新聞課長インボーデン少佐は加藤仁平先生から尊徳の話を聞き、日本が生んだ最大の民主主義者であると讃(たた)えて、マッカーサー元帥にジェファーソンやリンカーンに匹敵する偉人であると報告している。
と下野讓さん(ヒューマン・スマート株式会社代表取締役社長、心学明誠舎理事/おしゃれに生きる 二宮尊徳に学ぶ 2012年2月24日)。
戦後発行の一円札!
お札にもなっているぐらい高く評価されていたのです。、
下野さんのおっしゃることに耳を傾けてみましょう、、、!
□ 分度とは自分の身に合った生き方をいい、梅岩の倹約に通じる。入るを計って出を制すというが、日本国家の財政はバランスが大きく崩れたままになっている。支出削減を早急に行うべきで後世に大きな借金を残してはならない。
□ 修証義(道元の教えを纏(まと)めたもの)に「向かいて愛語を聞くは心を楽しませ、向かわずして愛語を聞くは肝に銘じ、魂に銘ず」と記されている。尊徳は愛語録と名づけ善行記録を村人の前で発表させ、人々のやる気を起こさせている。褒めてやらずば人は動かじである。
□推譲とは他人のために使うということである。昔は飢饉や火事が多く、人々は他人との関わりの中で生きていた。推譲することを、風呂の湯にたとえて相手に与えても戻ってくるし自分に取っても戻ってゆくと述べて利他を薦めている。
□尊徳は経済と道徳の関係にも言及していて道徳なき経済はたわけであると言っている。現在の社会はグローバル資本主義の影響で金儲け主義に走っていて、まさにたわけの生活であると思うが、われわれは本来の日本人に戻っておしゃれな人生を送りたいものと思う。
、、、、、、
入るを計って出を制す!向かいて愛語を聞くは心を楽しませ!他人のために使う!本来の日本人に戻って!これって、「里山エコツーリズム」の考え方の基本じゃないですか!
、、、、山陰海岸ジオパークが上世屋にはぎゅっと詰まっていることを実感したいい旅でした。
掘りくずされた道ばた。

この仕事はイノシシ。掘りあげられて無惨に散乱しているのはシシウド。
根っこ部分に何かがいるのかも知れませんが、どうもそうではなく根っこそのものを食すためにしたことのようです。
シシウドの根が一番美味しい時期なのでしょう。
そこで、シシウドについて、「多摩丘陵の植物と里山の研究室」のさんに多摩の緑爺さんに問い合わせしてみました。
「■文化的背景・利用
平安時代の「本草和名」や「倭名類聚抄」に現れる「和名 宇末世利(うまぜり)」はこのシシウドであるとされています。
江戸時代に貝原益軒によって編纂された「大和本草」には、「菜蔬類」として「ウド」の名があり、また「薬類」として「独活(ししうど」の名が現れています。
また、同じく江戸時代の「本草綱目啓蒙」の獨活(どくかつ)に「シシウド」の名が現れています。」
(ふむふむ!)
「ウド」の名の由来ははっきりとしていないようです。茎が中空なので「虚ろ」木から転訛したなどの説はありますが定説とはなっていません。
(うむうむ!)
「本州以西に分布し、日本固有種です。
多摩丘陵では、ごく限られた場所に少ない個体数しか確認できていません。」
(、、、そうなの!)
「名前の由来、、」
(それそれ!)
「壮大な様子を「猪(しし)」に擬(たと)えて、シシウドという命名です、、」
(え?)
、、、、、、
緑爺さん、それちょっと「ちがうど」。まあ口で言うてもわからんやろうで、百聞は一見にしかず、見にきてくださいな、

「名の由来は、独活(ウド)に似るが食用にならないというところからきている。」とみんなの花図鑑さん。
「猪が食べる、あるいは猪しか食べないというのが名前の由来」と四季の山野草さん。
シシが食す故に「ししうど」と申すなり!こちらのほうが実感です。
ちなみにせやの古老は「かど」と呼ぶんだ、便所にいれると、ええ肥料にしあがるんだとおっしゃいます。そんな使われ方をしなくなった現在、シシウドは伸び放題、それをイノシシが喜んで結果人の暮らしが脅かされるという循環になっているわけです。
2種類並んだ幹。
どちらも、「うつぎ」と呼ばれるものです。
左が「たにうつぎ」、右が「うのはな・うつぎ」、
「うのはな・うつぎ」には髄がありません。
おなじように左が「たにうつぎ」、右が「うのはな・うつぎ」。

「うのはな・うつぎ」の枝の出方は互生です。
この枝の出ているところに竹のように節があります。

卯木・空木・打木と標記するうつぎですが、「空木」と標記するのは「うのはな・うつぎ」のほうです。
一方、開花の早いのは谷うつぎ。5月の始めには咲き始めます。
卯月に咲くので卯の花とするのは、「たにうつぎ」の方がいいようです。
ちなみに「樹木になるのはシダ植物と種子植物です。木、特に樹幹は中心から順番に、髄、木部、形成層、樹皮から構成されています。髄は木が若い頃の芽の部分で、成長に伴ってここを核として樹木は外側に大きくなります。」
さて、髄のある「たにうつぎ」、この軟らかいスポンジ状の髄は容易に抜けるのですが、戦前、その髄が海軍の兵隊さんの救命胴衣の材料になるからと、小学生の夏休みの宿題にされたというのです。教えて下さったのは、丹後の元先生たち。

秘境せやの里巡りというテーマでウオークをプランニングし案内したおりのことです、

夏休み、たにうつぎ・ひいなを切り、髄を抜く子どもたちの姿を想像しながら、
戦後の技術立国を可能にした日本人の資質、自然の特徴を観察し、集中力、根気、手先の器用さ、こういうところで育ったのだなあと思ったたことです。
えごいやっちゃぁー
えごのき、それがこの花を付けた木につけられた名前です。ドレスアップしたご婦人といった風情にはにつかわしくないのですが、種を包む皮、これが「えごい」と言うことなのだそうです。
えごいというのは、あくが強くてのどを刺激するような味や 感じがする。という意味ですが、そんなのはざらにある、それらを押しのけて「えごのき」
と言う名を獲得したということは、他のおよぶところでないとんでもないえごさをもっているからなのでしょう。
なので、本来ほんとかどうか確かめてからろんじるべきなのでしょうが、めっちゃくちゃ気を失うぐらいだと想像すると どうもその気にはなれません、 あえてだそうだ、、、ということにさせてもらいます。そんなことですから、もしかしたら 暗殺のために使える毒を探していた人間にとってこれは有力な候補としてリストアップされていたのかもしれません。水に溶かして呑ませる、実験に魚を使った、浮かび上がった、 けれども苦さは隠せない、気がつかれずに目的を果たすにはむりがある。 まあ魚を捕るのに使おうと魚毒に使われているそうですから、魚もええ迷惑、、、。
ところで、 エゴノキの漢字表記、検索してみましたら、「1.『広辞苑』(新村出編 岩波書店 2008年)をひくと、「「斉墩果」の字を当てるが、これは本来オリーブの漢名」とある。また、『日本国語大辞典』第2巻(小学館編・発行 2001年)にも「漢名に、斉墩果を当てるのは、元来オリーブの漢名であるものの誤用」とある。 2.あて字の辞典にあたると、『難読語辞典』(府川充男編纂 太田出版 2005年)には、エゴノキは「斉墩果・売子木」と書かれている。」など。 けっきょくなんだかわかりません 。 えごいは 蘞い/醶いと書くようですから、「蘞の木」でいいのではないでしょうか。
うつぎのうは卯月のう、月、季節に由来する、、、との説明、
いま5月6月です、旧暦ではねぇと押し込んできましたが、どうにもこうにもピントこないなぁとおもっていました、
万葉集に
「五月山 卵の花月夜 ほととぎす 聞けども飽かず まだ鳴かぬかも」。
山は5月、花は4月というように一緒に歌い込まれているとしたらへんじゃないですか。万葉人が季節感に曖昧ではあり得ない。
「幹の中が空ろになっているので、空ろ木よりウツギになったという。ウノハナは、ウツギのツギが省略されたという説」、あるいはイネの種を植える月を植月ともいう、これも関係していないかぁなどの解釈に接して、そうだ、納得、こっちを貰おうと気楽になりました。

さて、このうつぎの花には、体の黒いハチ群がって花粉をいっぱい付けているのを見ます。一方、庭の草むしりをしていると、土にいっぱい穴を開けているハチをみることがあります。この二つのハチは、同じもの。子育てをとくにこのうつぎの開花に逢わせて、おもにうのはなの花粉を幼虫の餌にしているいるハチなのだそうです。その名も、「うつぎのひめはなばち」。念のために、ハチが運んできた花粉がうつぎの花粉かどうか顕微鏡でみて、形状から、同一だ確認したというかたもいらっしゃるということですが、それにも感心しました。
増えた空き地や草むらにうっとおしいほどに群生しているうつぎも「共生」というかたちであてにしている相手のいることを思えば、生態系からも「うっとおしい」などと言ってはいられないなぁとあらためてしげしげと卯の花をみて、えらいなぁあんたはと言わなければならないと思っています。
カラスの口に白い物 !
それはこれ
、、、、こんな訳があります。
イノシシ館になるススキの株を切り払っていたのです。
なぎはらうのに一振りした草刈り器の刃先からとびたったのは、、、、
カルガモだったのです。
残っていた卵。これをねらわれたというわけです。迫る危機に卵を守る母鳥の強さに感心しながら、親を切らずによかったあとおもいつつ、卵は覆っておいたつもりなんだけれど、それをカラスに見つけられたということです。
まさか刈ってくることはなかろう、ここに巣を作ろうという「荒れ地」に発達したススキ株。まさかカモの巣になっているだろうとは夢にもおもわないススキ株。
すまん すまんですむかぁ、どうしてくれるぇー、カルガモのののしりを痛く胸に受け止めながら、カラスの利とはこのことだとおもいました。
※後日談
そんな話を村のaくんにすると、「わしらはそれを食べた、雛の形ができとったけどうまかったなぁ。」