宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

「仲間」がたいへんだ!    2012.4.7

 千代子桜は里の真ん中にあります。その近くに、一万円札の木があります。ミツマタです。樹種としては、マックスの大きさに達していると思われるいい株です。春には、黄色い花をいっぱいつけて、千代子ザクラとの花の共演が見事です。お札にする高級和紙の素材になるので、私達は、一万円札の木と呼んでいるのです。里のガイドの大切な仲間です。この木の近くに来たときには、お客さんに、さいふの中がごそごそしませんか、特に一万円札が!などと、わけの分からないことを問いかけます。いぶかしがられるのをものともせず、一万円札がお母ちゃんに会いたいといってるんです、対面させてあげましょう!といって、お母さんはこのかた!とミツマタを紹介するのです。
そのミツマタが、たいへんなことになっていることが、雪解けとともに分かりました。
根元が裂けているのです。幾度の冬を越し、かなりの雪にも耐えてきたはずです。しかし、今年の雪の降り方は、異常でした。凍り付いたり、大雪の上に大雪が重なったりしました。そんな積もり方に、耐えられなかったのでしょう。
今年の雪は、地表にでて冬を越すものをずいぶん痛めました。大きな樹も、あちこちで裂けたり折れたりしています。救急車を呼びたくなる光景です。が、長期的に見れば、そんなことは、自然にとって織り込み済みのこと、復元する手段をも備えて世に送り出しているのが母なる大地。 「医者にいこうか」と促しても、きっと 「自分でなおすよ 気持だけもらっとくわ おおきに」と答えるでしょう。
しかし、このミツマタは、「私達の仲間」です。放置しておくと腐っていく!手当が必要です。そこで、アイデアをだしていただいのがsさん。とりあえず、傷口から水が入らないようにすることが先決、専用テープがある、それを巻こう! その予定を9日と決めました。

雪で裂けたミツマタの治療
 とはいっても、あくまで応急手当。今後、元気を回復させてやるためにはお医者さんと相談しなければなりません。・・・・どなたか、診てくださるかた、いらっしゃいませんか。
■ 4/6テレビでは、福岡舞鶴公園のサクラライトアップを中継しています。今日、奈具海岸で、ほころんでいるサクラを見ました。今日は始業式です。
 4/7 やっぱりタイヤは替えられません、今朝、せやでは、積雪。昼前には解けましたが、数センチ。
■ 9日の予定 
  写真クラブ撮影ガイド コース作り 集合 一時半 休憩所
その後、 ミツマタ修復保全作業、緑化樹仮植え作業
   ※ 都合のつけて頂ける方は連絡ください

世屋・雪解けの大地が美しい   2012.4.6
「林道角突山線は通れるか、」と聞かれました。丘の前で。通れるわけないじゃありませんか。林道角突山線は家族旅行村から伊根方面の林道です。「民家までの生活道路だけは確保してありますけど、まだ一メートルはありますよ。」
「遅いですなあ、ここらは解けるのが」。
 車道から玄関口までを埋めている雪を掻く静香さんが見えます。本当に遅いです。 しかし、遅いと言ったって、雪の解けない冬が日本にあったことはありません。雪解けは確実に進んでいます。その世屋の大地がいま、とても美しいです。ススキがつんつんと立ち上がっている光景は、ざらざらとした荒廃感を漂わせています。それがないのです。実にまろやかです。枯れ草をわって芽を出すフキノトウが緑の星のようです。

荒廃田の早春
 これは、秋に里山環境整備作業として行っていただいた部会・草刈りの賜物です。斜面の急な作業の困難なところや硬いススキの株、放置樹木などの伐採にも積極的に取り組んで頂きました。里山ってうつくしいねぇ、そういいながらカメラを向ける人があれば、汗も苦労も吹っ飛ぶ!というものじゃあないですか。まさしく心のデトックス!この喜びを一人我がものにするには、惜しすぎる、広く共有したいですね。(ほんまぁ!)
 自然はこれから命の季節。スギナもスイバも叫んでいます。「やったるぞー」 「のびたるぞー」。 フキノトウもシシウドもファイティングポーズ。「よっしゃー いくデー」
 上農は草を見ずして草を刈る。命のエネルギーを利用して生きてきた里山の先人は、みんな上農でした。けれど命のエネルギーを操った里人はもう数えるほど。あばれ放題の自然をどうするか、エコツーもその課題を共有しなければならない、そう思いませんか。厳しさを楽しさにかえる智恵を出せるのもエコツー。
 林から、鳥のさえずりが聞こえました。ウグイスです。雪解けを寿いでいるのでしょうか。 ・・・・・・・・・ O君のように、書きます。
「なーんだひとりじゃないんだ、 ウグイス君もいる。」
林に向かって返しました。
「いっしょにやってくれるか!」
 また鳴きました。元気といっしょにふと浮かんだ一句。
『春風や 闘志いだきて 岡に立つ』 (高浜虚子)

かみせやの田打ちザクラ・春一番に咲く木   2012.4.5
 観音渓谷の周辺は、落葉樹林が美しく保たれています。いたや・ぶな・けやき・とち・みずなら・はりぎり・ほう・はうちわかえでなど里山ブナ林を構成する基本高木がそろっています。その中で、新観音の近くに不思議な木が一本あります。
 何でしょう、ヒントを言います。「高木です。そのこずえに白い花を咲かせます。他の木のつぼみはまだ眠っているころ、先駆けて春一番に咲くのです。」よく分かった人はこぶし、と答えられるところを、ちょっとわかった程度の人は、おそらく、たむしば!と答えられるのではないでしょうか。
 私は、後者です。昨年の秋の観察会までは。こぶしだったのです。見ていただいたのは前大本教植物園長・津軽俊介先生。落ち葉を捜してルーペでみて、「こぶしですね」たむしばではないんですか。「こぶしです。」このあたりでコブシだと思ってたのは、みんなたむしばでした、こぶしなんですか、と食い下がったけれども、「コブシです。」さすがに京都植物界の泰斗。揺るがない。
 花の下に小さな葉っぱのあるなし、程度の判別規準しか持たないものにとって、咲くのが高い梢ときているので、その適用のすべもなく、コブシはこのあたりにはない、という先入観から、たむしばとしていたのです。はっぱで分別できる!
その木の樹高は、しでやいたやなどの高木に混じってひけをとりません。そんな木の姿は、「落葉広葉樹の高木。早春に他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせる。 高さは18m、幹の直径は概ね60cmに達する」との図鑑解説と一致しました。
コブシは、「田打ち桜」の別名を持ちます。2011年は4月17日に開花を撮っています。その21日に0君が苗代に種籾を蒔いていました。しかし、雪解けが遅れている今年、里では、苗代づくりも手をつけかねています。そんな様子を見ているのでしょう、もう開花しなくてはいけないのに、何となくとまどっているかのようです。
ちなみに京都府はコブシを、レッドデータ準絶滅危惧種に選定しています。上世屋のコブシは二本の株立ちのうち一本はさらに分かれて立ち上がっています。胸高周囲はおよそ170cm。この種としては、最大にまで達していると考えられます。せやの宝物です。

■ コブシとたむしばの特徴と比較
・コブシは、高木となりがく片は花弁(かべん)の5分の1ぐらいで、花弁はやや丸みを帯びていて、花のすぐ下に1枚の緑の芽がある。
・タムシバは亜高木で花弁が白くてやや細く6枚でがく片が3枚で花弁の2分の1から3分の1ぐらい。
・コブシもタムシバも、花の雄しべは60本以上、雌しべが30本ぐらいで、すべてらせん状に配列されている。 このような花のつき方が、らせん状である植物は起源の古い植物といわれている。
・ 葉は長円形~長卵形で両端が狭く尖り、裏面は粉白色をしている。
・コブシが山麓(さんろく)や沢筋に自生するのに対して、タムシバは山腹や尾根筋に多く自生する。
・タムシバの樹皮は灰白色、小枝は細長く緑色をおびた褐色であって、その先端には8月ころに、すでに翌年のつぼみをつけ始める。
【その他】
・アイヌの言葉では、「オマウクシニ」良い匂いを出す木「オプケニ」放屁する木と呼ばれる。
・袋菓が結合し 所々に瘤が隆起した長楕円形の果実の形状がこぶし・和名語源となっている。
・樹皮は煎じて茶の代わりや風邪薬として飲まれる。

「世屋の雪、どれくらいになった」
2012,4,4
「世屋の雪、どれくらいになった」
a さんにたずねられました。
「せんべい布団ぐらいになりましたよ。」と答えました。
a さんは元先生。「私の初任は駒倉なのよ」と語ります。
 駒倉は、宇川の水源の里。上世屋、きご、内山、味土野に隣接する丹後半島のへその村です。
 「38年豪雪の春だったわ。四月、上世屋まで、幌のついたトラックで 。迎えの村の方が布団袋を背負ってくださって、歩いて峠を越えたのよ、滝の横を登って 雪が一メートルはあったわ」。
 a さんは話し上手です。農協の支所で日常品は買えたこと 缶詰が多かったこと、日置から歩くこともしばしば など引き込まれます。 「刺身をいただいたのよ、珍しいので何のお肉ですか、とたずねたら、 ウサギだっておっしゃるの」
 学校や農協など、公的な機関が設置されて活気を保っていた村も、分校が三年後に灯火を消し、その七年後に村も明かりが消えました。 駒倉峠を越えて下っていくと、右手の竹林の中に標柱が一本たっています。「こま倉分校跡」。廃村碑はさらに下ります。
 ところで、上世屋の0君のお母さんの実家はその駒倉です。せやから野間の村々は一つの通婚圏だったのです。彼のお母さんの話をきいて、Y(わい)が歌にしました。
      駒倉峠      y 詩・曲
1 夏になれば 若狭の海に 漁火燃える 峠だが
  春になっても 手はひび割れて 家路は遠い 峠の道
2 秋になれば 道ばたに りんどう花咲く 峠だが
  冬になったら 雪崩におびえ 吹雪に迷う 峠の道
3 沢に光る ネコヤナギを 見おろし歩く 峠だが
  春夏秋冬 喜び悲しみを  背中に背負い 峠の道

里山音楽会聴きに世屋へ
2012,4,3
低気圧が発達しながら接近!と天気予報。春の嵐、第二回目。半端ではないらしい。台風並みに発達すると言っている。「海山は大荒れになるでしょう、今後予想される風速は、最大で、、。気象情報に注意し、飛びやすいものに気をつけ、出歩かないようにしてください。」
当たり前です、じっとしているべきです。しかし、里山ウォッチャーはそうはいきません。こんな日を待っているんですよ。世界的な指揮者が世屋にこられて、演奏会が開かれる特別の日なのです、しかも、演奏者、出演者はすべて地元メンバー。そんな日にじっとしていられますか。(ね、m さん!)
 白波が立っている海には、何艘もの風待ちの船が揺れています。胸は高まるばかりです。こんな日でも、世屋道の農道工事は休みません。すこし恥ずかしさを覚え頭を下げながら、谷の曲がり道を辿ります
 はじまってます始まってます!ブレークダンス。ダンサーは「マダケ」くん。激しく限界までの動きを見せたかと思うとぴたっと静止、緩急がたまらない。私一人のために見せてくれた命のダンス。ブラボー!喝采を贈って、まだ先の本会場へ走ります。
やってるやってる大先生は、千代子桜のあたりにおられるはず。
杉林に指示しています。ここだ、パーカッション、たくましいラガーマンのようにたたいてくれ、静かに収まれ、しでの林に目で合図ラッパを吹け 大型ジェットのエンジンのようにだ、それー おさまれー 激流に変身した小川君、歌、スタート、よかった 風に指示、田んぼの水の上で踊れ。ベリーグー!!山のブナが、里の柿の木が、畔の土筆が、なでしこが体のすべてを使って腹から声を出して歌う春の山の大合唱。彼らには、確かに見えているのです。ベートーベンのように指揮棒を振るっている大先生が。

・・・・大先生は、ついでに雪囲いまで外していってくださいました。

春の命のラインナップ  2012,4,2
 4/11(水)予定の写真クラブの案内について安田と三宅で現地を歩きました。 残雪がまだ多いです。雪解けもかなり進んでいました。岳や世屋高原発の川が、ラッシュの満員電車のようです。br />
 雪の消えたところから、それぞれの春がスタートしています。斜面では、里のスプリングニンフ福寿草、やわらかい畑のふちには、ライトグリーンの小さな針のようなおとぎ(しろうまあさつき)の芽、こなわなどの水辺にはせりやたでやふきのとう、田んぼの畔には野あざみのロゼット、梅も数輪のつぼみがほころんでいました。湧水のある田んぼにはやまあかがえるの卵、産卵してからもう一週間はたっているでしょうか。まさしく、「里山は命の鼓動にふれその尊さを知ることのできる場所」、十分な春の命の鼓動のラインナップです。
 当日は、スタート・世屋姫神社周辺、ゴール合力の家を予定しました。火が燃えている囲炉裏とおためさんが迎えてくれる手はず。この間でのビューポイント、撮影対象など、基本的な部分、はok 。絞り込めたと思います!ただし、カメラマンの動きをさまたげないでいて、それとなくサポートしている形が求められていると思います。28人ですので、ガイド二人の依頼を受けています。二人の役目と連携が課題です。
 もう一回歩く予定です。技術的な部分をクリアするコツなどがつかめれば、新しい財産になると思います。つめて検討し、満足してもらえるシナリオとコースを追求したいです。
 当日は、ガイド三宅、安田、サポート嶋田で対応したいと思いますので、了解ください。また、白石さんも合力の家で、待ち受けていただけることになっています。

世屋で米作りがスタート  2012,4,1

 今日から四月、せやでは米作りがスタートしましたよ。米は苗、苗を植えるのを田植え、米つくりは田植えからではないんです。田に植える苗の準備が米つくりのスタートです。「もみ」去年の米のいいのを選んで、目で選るのではないんですよ、塩水につけて浮くやつはまずよくない米、沈むやつがいい米。その沈んだ米が発芽する。しかし、いきなり蒔けばいいのではないんです、発芽がばらばらになってしまう。成長も違ってくる。発芽をそろえるために、「水浸し」という過程を踏みます。この「水浸し」が米つくりのスタートです。
 現在、農家は苗つくりはほとんどしません。農協から一括購入するのが一般的。しかし、O君はそれを手間と考えていません。自分の稲の苗は、自分で用意します。その水浸しをO君が今日、行ったのです。期間は約10日。根拠は、積算100度で、発芽しやすい状況になること。いま、水温は10度程度です、10度×10日の理屈です。米と向き合うお百姓の一年が始まったのです。
 一方、今年は悩ましいことがあります。田んぼの雪が消えないことです。その種籾を蒔くのは10日後。そのときには、苗代が準備されていなければなりません。その苗代に予定している田んぼの雪が消えないため、作業に入れません。やきもきして、雪を見つめているということです。

   
2012,3,31
4月11日 ガイド依頼が入っています。写真クラブからです。
「里山の風景」をとりたい、が不案内なものが闇雲に歩いても無駄足になる、ついては、里山らしいところを案内してほしいということです。だからここを案内した、ここでこんな写真を撮らせてあげようと思うと説明できるようなシナリオを準備しろということでもあります。
 それにしても、里山らしいところを、とはなんともありがたい注文です!腕が鳴ります!どっかも縮みます!では、里山とはどういうところだ、棚田って何だというところて、棚田、里山にこだわって全国を巡っている人は、そこのところをどう考えてらっしゃるのでしょうか。
 まず、日本の棚田百選を歩いての写真集『棚田を歩けば』(福音館書店)で文・写真をものにしてらっしゃる青柳健二さん、この近辺では、袖志の稲木、舞鶴の田んぼに行く夫婦の耕運機などの写真を載せておいでますが、彼は、「棚田には、・・・・たくさんの生き物がいます。ゆったりとした時間が流れています。何千年にもわたる人々の工夫と努力があります。棚田に行くと、君は、・・・・美しい風景を目の前にします。お米の育つ姿に出会えます。そして何より、元気になります。」と語っています。
 棚田に行くと、君は、・・・・美しい風景を目の前にします、といわれても、何を持って美しいというのかわからない、そこで、もう一つ、
「棚田の美しさというのは、突き詰めていくと、人間が生きていくために自然から許される範囲で、必要最小限の手を加えた、その美しさではないかと・・・・・。ただ単純に“きれい”というのとは、ちょっと違う美しさだと思っています。」と。この定義は納得できます。
 また、nhk里山シリーズのナレーションでは、
「里山は命の鼓動にふれその尊さを知ることのできる場所」、
「里山は人々の温かな心が命を育む空間」
「自然と生きる知恵が溶けこんでいる里山の風景」とも。

その番組のレギュラー出演者、里山の美を世に出された今森光彦さん。彼は、『里山のことば』(世界文化社)の「田植え時」の項で、こう述べておられます。
「あでやかな田んぼの曲線は人が作り出した、芸術品と言えるだろう。泥を緑に塗っていく畔つくりは、水漏れがしないようになされるもので精魂が込められてた仕事になる。その結果として、緑色の畔に土色の美しい線が出来上がり、田んぼは見事に浮き上がって見える。人の汗が、ほかでは決して見ることができない秀麗な風景を作っていく。」
先達の方々は、このように言われます。田んぼの畔、その曲線が美なんだ、芸術品なんだ、そういわれれば私たちなりにも思うところが浮かんできます。

そういうところを結ぶコースをセッティングさせてもらおうと思っています。お客さんに、「人間が生きていくために自然から許される範囲で、必要最小限の手を加えた、その美しさ」が見えるメガネをかけてあげたいですね。
 時間は約90分、皆さんならどんなコースを作られますか。ちなみに今回のゴールは、合力の家。世屋持ち寄りマーケットも準備していただきます。

□春の天候は、晴れる曇る雨晴れるを四日の周期で繰り返します。とは言っても、明日から四月というのに雪起しとは、違和感ありすぎです。世屋では、霙交じりの雪でした。

春のステージ開幕!ファンファーレは春嵐。
2012,3,30
ある企画会議での話。
・・・・・・・・
観光振興のためにパンフを作りたい、こんな流れで組み立てたい (と 上司が提案したということにしましょう。)
テーマは、 宮津への春の旅 。     うん
始めはこれ。
① 春の宮津に行こう!    ふんふん
    ↓
気持が弾むような何か起こる期待感が感じられる、そんな雰囲気。宮津にいらしたとして、次はこれ。
② 町で見た! ふふん
    ↓
宮津は、山がいい!山にも行ってもらう、そこで、三つ目、
③ 山に行った! ふーん
    ↓
山へ行ったら、里の人との交流が大事だ、そこで四つ目。
④ 里で話した! ふーーん
   ↓
以上、春の町、春の山、春の里を訪ねてもらってだね、結びは、満足感を持って帰ってもらえたとアピールしたい、ということで、五つ目はこれ。
⑤ 楽しかった!宮津で心のデトックス! うーーーーーん

ついては、①~⑤のフレーズに合う写真を五枚、選んで組んでくれ。
・・・・・・・・
あらまし、こんな提案です。さて、どんな場面が心に浮かびますか?
 今日は春のファンファーレ、春嵐(はるあらし)。吹き飛ばされそうな強風ではありましたが、雨は混じってはいません。畑には、春の支度にせいを出しておられる方があっちにももっちにも、見られました。選抜高校野球に続いて、プロ野球も開幕。
 世屋・高山の里山エコツアー春のステージの開幕です。そこで、提案です。お互いのスナップを集めて、写真展しましょうよ。「ガイドが撮った宮津・春の旅」 。①から⑤のような狙いを持って、見て撮ってもらっておくだけでいいのです。整理・構成するのは容易です。そうしたら、その次は夏の、秋の、冬の、そしてまとめの写真展ができます、絶対に。
「優秀なものには、金一封を出す」なんて、誰かが太っ腹のところをみせてくださればうれしいですけど。

久須美のモリアオガエル  2012.3.30

モリアオガエルの卵塊

 久須美の寺を象徴するのは、椎の古木だろう、重厚感は半端ではない。訃を路傍の看板で知った水口忠雄さんは、その久須美の人だ。寺の庫裏の後ろには池がある!水口さんとの縁はその池だった。
 そのころ私は、丹後のもりあお産卵池マップを作っていた。生物多様性国際条約を結ぼうと相談が始まっていたころであった。里山の生態系の状況を示すバロメーター、モリアオガエルの分布を把握しなければならない事情を個人的に持っていた。
 彼らの産卵場所は、谷の奥の谷津田、ため池、堰堤、沼、防火用水など山につながった止水である。そんな場所を探し、歩いていた。そんな中でも、お寺は重要な目標であった。お寺には、モリアオガエルが似合うのだ。金閣寺にも銀閣寺にもモリアオガエルは産卵している。
 このお寺の池にも、 産卵しているはず、と訪れたのは五月の中ごろ。果たして卵塊は見つかり、その下には水が光っていた。しかし、その水は池の底にわずかにたまっているだけだった。往事の庭の美しさは、想像できた。寺には村の事情がある。無住になって何年になるのだろう。その帰りに、寺の入り口にある田んぼで仕事をされていた老人と話した。彼はいった。池の水のないのは、取り入れ口を止めたから。湿気が庫裏の痛みを早めるからだ。
 理由を聞いて納得した。やむをえないことだ。私も、寺を訪ねた理由を話した。水の上に泡のような塊が産み付けられている。あれは、カエルの仕事。モリアオガエルという種類で、あの中でおたまじゃくしにして、水に落とす、おもしろい習性を持ったやつだ。
 彼もモリアオガエルの思い出を語った。青年のころ、モリアオガエルのことが載った記事を見た。与謝野町の明石の寺だ。それを自転車で見に行った。
 しばらく、もりあおで話を交わした。前年の秋に埋められた池の土の上に、春産卵していた網野町仲禅寺の池の話もした。生むのは毎年同じ場所と決めているらしいんです、など。
 卵塊の変化を見るために、再び訪れた。水が貯まっている! 彼が、池への水路を開けてくれたのだ。水口忠雄さんが、その人だった。彼の田んぼのそばには翌年用の薪が積まれていて、家のかどには、今年のための薪が準備してあり、軒から出た煙突からは、いつも煙が上っていた。おうちに招き入れてくださったときは、美しく立ち上がるくどの炎に見とれた。作ったこんにゃくだ、食ってみてくれ、と新聞紙に無造作にくるんで下さった。語るともなくされた、歩んだ来し方の話は、寺の古木と重なった。
 くどの火が消えた。「里山は人々の温かな心が命を育む空間」であることを、改めて噛み締めている。

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