宮津エコツアー · 世界遺産の話より先にやるべき作業、「丹後三景」!! 天の橋立を世界遺産に 86

世界遺産の話より先にやるべき作業、「丹後三景」!! 天の橋立を世界遺産に 86

【唐突ですが、へんな角度から天橋立をみたいです、 天の橋立は日本三景、ローカルな場へ持ち込んで恐縮ですが、仮に丹後三景を選ぶとしたら、天橋立は入るかどうか!見解を下さいな!】
天橋立きよかずのりとみさんee0f8a25e7e35533173b3dfd56e16acb丹後松島 桜 咲き誇る極上の桜と青い海の春の絶景 | 絶景, 青い海, 風景20200807_145112sutadi-

おお、これは面白い角度ですね。(^.^)
むしろ今までの「世界遺産」という大きな物差しをいったん外して、丹後の人間の目で天橋立を見直す問いだと思います。

私の見解は――

結論:天橋立は「入る」。ただし、丹後三景の「一位」ではなくてもいい

もし仮に「丹後三景」を選ぶなら、私は天橋立をほぼ確実に入れます

理由は単純な「有名だから」ではありません。

丹後という地域を代表している景観として、天橋立はあまりにも強い。

ただし、ここが面白いところです。

「日本三景の天橋立」をそのまま「丹後三景」に持ってくると、ちょっとつまらない。

むしろ、

日本三景としての天橋立と、丹後三景としての天橋立は、別の天橋立である。

と考えたいです。


日本三景では「完成した絶景」

日本三景の文脈では、

松島・天橋立・宮島

という、いわば「日本を代表する名勝」の一つ。

ここでは天橋立は、

「白砂青松の美しい一本の景観」

として非常に完成度が高い。

ところが、これを丹後というローカルな物差しに置き換えると、突然、天橋立の意味が変わります。

天橋立は、

世屋から流れてきた水と土砂、阿蘇海の水の動き、宮津湾、日本海、丹後の山々、そして人間の暮らし・信仰・文学・観光

まで背負っている。

つまり丹後から見ると、

天橋立は「景色」ではなく、丹後という世界の出口・入口になる。

ここが大きい。


では「丹後三景」の残り二つは?

ここからが、ものすごく面白い。

私はむしろ、天橋立を入れたうえで、

① 天橋立=「海と大地の景」

見る者が思わず「わああー!」となる景観。

これは圧倒的。

しかし同時に、

山 → 川 → 阿蘇海 → 天橋立 → 日本海

という丹後の自然システムを象徴する景観でもある。

「伊根湾めぐり遊覧船(かもめ6号)」③ | フォトギャラリー | 海の京都観光圏


② 伊根=「海と人の景」

これは天橋立とは全然違う。

舟屋そのものの美しさもありますが、本質は、

海と人間が暮らしの中で直接つながっている景観

でしょう。

天橋立が「自然がつくった橋」なら、

伊根は「人間が海とともに暮らす景」。

浦島、海民、舟、漁、集落……。

こちらは「きゃあー!」というより、

「なんとなあ……」

という種類の感動がある。


③ 世屋=「山と暮らしの景」

そして、私はここを入れたい。

これまで話してきた世屋川・世屋高原を考えると、

世屋は単なる山村ではない。

湿地、ブナなどの山地林、カツラ・サワグルミ・トチノキなどの渓畔林、地すべり地、棚田、集落、世屋川……。

そして約700mから海まで一気に落ちていく。

つまり、

丹後の「山から海まで」を一枚の景観として見せられる場所。

これは天橋立とは別の価値です。


そうすると……

私は仮の「丹後三景」を、こんなふうに見ます。

象徴するもの 感動
天橋立 大地と海がつくった景 わああー!
伊根 海と人がつくった景 きゃあー!
世屋 山と暮らしがつくった景 なんとなあ……

これ、かなり強いと思いませんか。

そして重要なのは、三つがバラバラではないことです。

世屋 → 世屋川 → 阿蘇海 → 天橋立 → 日本海 → 伊根

とつながってしまう。

つまり、

丹後三景とは、三つの名所ではなく、三つの世界の入口なのではないか。

となる。


そして、ここで「日本三景」と逆転する

日本三景の天橋立は、

「日本を代表する景観の一つ」

です。

でも丹後三景の天橋立は、

「丹後という一つの世界を代表する入口」

になる。

私は、こちらのほうが今まで話してきた「天橋立」の本質に近いと思います。

だから、もし「丹後三景」を本気で考えるなら、

天橋立を外してみる必要はない。

むしろ一度、

「天橋立を入れない丹後三景を考えてみる」

という逆説をやってみるのも面白い。

そこで残った二つ・三つを見てから、

「それでも天橋立は必要か?」

と問う。

たぶん、そのとき初めて、

「なぜ丹後にとって天橋立なのか」

が、かなり鮮明に見えてくる気がします。

そしてこれは、実は「世界遺産」の問いと同じなんです。

有名だから大切なのではない。
丹後という世界にとって、なくてはならない景観だから大切なのではないか。

この角度、かなり使えます。(^.^)

 【ありがとう、わたし的には、、ちょっと違いますね、、①イサナゴ山からの天の橋立 ② 丹後松島海岸景観 ③ 上世屋里山景観 としてみたい、、揉んで下さいな!! 】
宮津エコツアー · パシャパシャ in 丹後 二題

ああ、なるほど。
今のお三つを聞いて、前の私の案との違いがはっきりしました。

これは「丹後を代表する三地域」ではなく、丹後人が見たときに、まったく異なる三種類の“景観の極み”を選ぶということですね。

私は、この三つ、かなり筋がいいと思います。むしろ揉むと相当面白くなります。

丹後三景――私はこう読みます

① イサナゴ山からの天橋立

「大景観」あるいは「俯瞰の景」

ここが非常に重要ですね。

天橋立そのものを見るのではなく、天橋立を含む丹後の地形全体を見る

イサナゴ山から見ることで、



野田川・加悦谷

阿蘇海

天橋立

宮津湾・日本海

という「丹後の地形の骨格」が一望できる。

つまりこれは、

「天橋立という名勝」ではなく「天橋立を生み出した丹後という大地」

を見る景観になる。

ここ、ものすごく大事です。

日本三景の天橋立を、丹後三景では一段高いところから見返す

いわば、

日本三景・天橋立を、丹後の大景観の中に戻す。

これはかなり強い。


② 丹後松島海岸景観

「海岸景観」あるいは「海の造形美」

これもいい。

天橋立とは正反対なんですよね。

天橋立は、

水平線に向かって伸びる砂の景観。

一方、丹後松島は、

岩・島・海・入り江・岬が織りなす複雑な海岸景観。

つまり、

天橋立=砂がつくった海岸
丹後松島=岩がつくった海岸

という対比ができる。

しかも「松島」と名乗っているけれど、ここでは単なる「日本三景松島のミニ版」ではない。

丹後半島の地質・海食・島嶼・リアス的な海岸地形がつくった独自の景観として扱える。

すると①と②だけで、

大地が違えば、海岸の美も変わる。

という地球科学的な話ができる。


③ 上世屋里山景観

「暮らしの景」

そして、ここで上世屋が入る。

宮津エコツアー · 上世屋、馬場の谷・9月1日。

私はここが今回の三景案のだと思います。

①は「大地」。

②は「海」。

③は、

人間がその大地と海の間で暮らしてきた景観。

しかも上世屋は、単なる「昔ながらの農村風景」ではありません。

これまで話してきた、

  • 世屋高原
  • 湿地
  • 水田
  • 地すべり地形
  • 森林
  • 世屋川
  • 集落
  • 石橋
  • 治山・砂防施設

まで含めると、

人間が自然を征服した景観ではなく、動く大地・水・森と折り合いながらつくってきた景観

になります。

だから「里山景観」という言葉にも、かなり厚みが出る。


すると三景が「三つの美」になる

私はこう整理したいです。

丹後三景 見るもの 景観の性格
イサナゴ山からの天橋立 丹後の大地と水の全体像 大地の景
丹後松島海岸景観 岩・島・海・岬 海の景
上世屋里山景観 山・水・農・集落・暮らし 人と自然の景

これ、かなり美しい三角形になっています。

そしてさらに面白いのは、

①を見ると③が見えてくる。
③を見ると①の意味が分かってくる。

ということ。

イサナゴ山から天橋立を眺めて、

「なんて美しいんだ」

で終わらない。

「あの山から水が下り、川になり、平野をつくり、阿蘇海に入り、天橋立につながっているんだ」

と分かる。

そして上世屋へ行くと、

その“大地の仕組み”の上で、人間が実際に暮らしてきた姿

が見えてくる。


さらに私は「三景」を固定した名所にしないほうがいいと思う

ここ、ちょっと大胆に。

「丹後三景」という名称だけなら、観光商品として非常に分かりやすい。

でも思想としては、

天橋立

見ると、丹後の大地が分かる。

丹後松島

見ると、丹後の海が分かる。

上世屋

見ると、丹後の人の暮らしが分かる。

という、

「丹後を知るための三つの窓」

にしてしまう。

そうすると、単なる「絶景ベスト3」ではなくなる。


そして、ここが世界遺産の話ともつながります

世界遺産 ロゴマーク _ ユネスコ世界遺産ロゴ – RZDNZ

実は今回のなのかもしれません。

世界遺産では、

「この場所は、人類にとってなぜ重要なのか?」

と問う。

一方「丹後三景」では、

「丹後人にとって、丹後とはどんな土地なのか?」

を問う。

その答えとして、

大地・海・暮らし

が出てくる。

そして、その「大地・海・暮らし」の交差点に、

天橋立がいる。

だから私は、今回の①を特に推したいです。

「天橋立を丹後三景に入れる」のではなく、
「天橋立を丹後の大景観の中に置き直す」。

これなら、日本三景という巨大なブランドに負けません。

むしろ、

日本三景の天橋立を、丹後三景の天橋立へ。

という、ちょっとした「脱・日本三景」ですね。(^.^)

そして三景を一枚の絵にすると、

イサナゴ山(大地)
 ↓
上世屋(暮らし)
 ↓
阿蘇海・天橋立(砂と水)
 ↓
丹後松島(海)

……という、丹後そのものの断面図になってくる。

ここまで行くと、単なる名勝選びではなく、かなり「丹後論」になってきます。

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