宮津エコツアー · 自由な発想で新しい評価の視点を加えることが求められる。そこから町も村も元気に再生する智恵が生まれる。世界遺産登録をめぐる研究への期待はこの点にある。  天の橋立を世界遺産に 88

自由な発想で新しい評価の視点を加えることが求められる。そこから町も村も元気に再生する智恵が生まれる。世界遺産登録をめぐる研究への期待はこの点にある。  天の橋立を世界遺産に 88

【『「天橋立学」への招待、“海の京都”の歴史と文化』 ※天の橋立世界遺産登録可能性検討委員会編 法蔵館発行、その「はじめに」で宗田好史氏が、「世界遺産登録では、一国の文化固有性にとらわれず、普遍的・ユニバーサルな視野から、特に人類の歴史に地域の営みを位置づける文化的作業が求められる。これまで知られた国の形や民俗の姿を再考し、人類の未来を拓く記憶となるような世界観を見出す試みが続けられた。、、天の橋立を世界遺産にという取り組みからも、こうしたドラマが生まれることが期待される」「歴史の研究と地域作りは新たな発見の連続である。常識や定説に留まることなく、自由な発想で新しい評価の視点を加えることが求められる。そこから町も村も元気に再生する智恵が生まれる。世界遺産登録をめぐる研究への期待はこの点にある。」 と。この文意について、見解解説を下さい!】
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はい。これはかなり重要な文章だと思います。
そして、これまで一緒に考えてきた「なぜ天橋立が人類にとって大切なのか」という問いに、実はかなり近いところまで踏み込んでいます。

宗田好史氏の文章を一言で言えば、

世界遺産を「天橋立を世界遺産にするための作業」と考えるのではなく、「天橋立を通して、人類の歴史をどう見直し、未来に何を残すのかを考える作業」と捉えている

のだと思います。

1.「一国の文化固有性にとらわれず、普遍的・ユニバーサルな視野」とは

ここがまず核心です。

世界遺産というと、どうしても、

「日本らしい景観だから」
「京都らしい文化だから」
「丹後には独特の民俗があるから」

という説明になりがちです。

しかし、それだけでは**「日本にとって大切」**という話に留まります。

宗田氏が求めているのは、その一段上です。

天橋立という一地方の場所から、人類全体に関わる何が見えてくるのか。

つまり、

丹後 → 日本 → 東アジア → 人類

という視野の拡大です。

これは、以前お話しした

「世界遺産とは結局、『この場所は、なぜ人類にとって大切なのか』という問い」

という考え方と、ほぼ一直線につながります。


2.「地域の営みを人類の歴史に位置づける」

ここは、さらに面白いです。

宗田氏は「地域の歴史を立派に見せよう」と言っているのではありません。

むしろ、

この小さな地域で、人々が何をしてきたのかを、人類史の大きな流れの中に置き直してみよう

と言っている。

たとえば天橋立なら、

  • 大地が動く
  • 山が生まれる
  • 河川が流れる
  • 土砂が海へ運ばれる
  • 海流・波浪が砂を移動させる
  • 砂州が形成される
  • 人間がそこに住む
  • 海と山を利用する
  • 神話を生む
  • 信仰を生む
  • 景観として見る
  • 和歌や絵画に描く
  • 観光地として利用する
  • そして現代になって「この場所をどう未来へ残すか」を考える

という時間があります。

これを単なる「天橋立の郷土史」として終わらせず、

地球環境と人間の関係が、この一つの場所にどう刻まれているのか

というところまで引き上げる。

これこそ「人類の歴史に地域の営みを位置づける」という意味ではないでしょうか。


3.そして非常に重要なのが「これまで知られた国の形や民俗の姿を再考する」

ここ、私は今の安田さんの探究とかなり響き合っていると思います。

「丹後とはこういう土地です」

「天橋立とはこういう名勝です」

「浦島太郎伝説があります」

「雪舟が描きました」

「蕪村が詠みました」

……と、既に整理された「観光資源」を並べるだけではない。

宗田氏は、

そもそも、私たちは丹後や天橋立を、正しく見ているのだろうか?

と問い直しているように読めます。

つまり、既存のカテゴリーそのものを疑ってみる

これは非常に大きい。


4.だから「常識や定説に留まることなく、自由な発想で新しい評価の視点を加える」

ここは、まさに研究へのメッセージですね。

ただし、ここは誤解してはいけないところもあります。

「自由な発想」=「何を言ってもいい」

ではありません。

むしろ、

既存の学問分野の境界を越えて、新しい仮説を立て、それを史料・地理・地質・民俗・美術・文学などから検証していく

という意味でしょう。

そして、これまで安田さんがやっていることは、かなりこの方向です。

たとえば、

世屋山・世屋川 → 砂 → 阿蘇海 → 天橋立

という「大地のつながり」と、

世屋 → 与謝野 → 宮津 → 伊根 → 岩滝

という「人間の営みのつながり」を重ねようとしている。

さらに、

地質・地形 → 神話・信仰 → 古代文化 → 中世の絵画 → 近世文学 → 近代観光 → 現代の地域づくり

という時間軸を重ねる。

これはまさに、

「新しい評価の視点を加える」

ということだと思います。


5.そして、最後の一文が一番大事かもしれません

「そこから町も村も元気に再生する智恵が生まれる。」

ここで宗田氏は、世界遺産研究を地域振興のための道具に矮小化していません。

逆です。

本気で地域の価値を問い直した結果として、地域再生の知恵が生まれる

と言っている。

これは非常に重要です。

「世界遺産に登録されれば観光客が増える」

という発想とは、かなり違います。

むしろ、

自分たちの地域を深く知る

これまで見えなかった価値が見えてくる

地域の人自身が地域を語れるようになる

地域の未来について考えられるようになる

その結果として地域が再生する

という順序です。


6.そう考えると、「天橋立学」というタイトル自体が面白い

「天橋立についての本」ではないんですよね。

『天橋立学への招待』

です。

この「学」は、単なる知識の集積ではなく、

天橋立という一つの場所を徹底的に見つめることによって、世界や人間について新しい見方を獲得する学問

と読むことができると思います。

だから、天橋立は「答え」ではなく、問いを生み出す場所なんです。


7.そして、安田さんの現在の「80%」の話につながります

ここが私はかなり重要だと思います。

これまで安田さんは、

「天橋立がなぜ人類にとって大切なのか」

という問いから、

地球の形成史

山と川と海

砂の生成・移動

天橋立の形成

人間がそこに意味を見出す

神話・信仰・文学・絵画

京都文化との関係

現代の観光・地域づくり

という一本の線を探してきました。

そして最近、

「天橋立と世屋をどうつなぐか」

が残された20%ではないか、と感じておられる。

私は、今回引用された宗田氏の文章を読むと、その問題意識はかなり正しい方向を向いていると思います。

なぜなら宗田氏が求めているのは、まさに「天橋立という名勝だけを見る」のではなく、

その場所を成立させている、もっと広い地域の営みと歴史を、人類史の中で捉え直すこと

だからです。

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8.そして、ひょっとすると「天橋立」の主語を変える必要がある

これは私からの一つの提案です。

普通は、

「天橋立とは何か?」

と考えます。

しかし宗田氏の文章を踏まえると、

「天橋立という現象は、なぜこの地域に生まれ、人間はそこに何を見出してきたのか?」

と問い直した方がいい。

さらに一歩進めるなら、

「天橋立は、人間と大地と海との関係について、何を私たちに教えているのか?」

です。

そうなると、世屋も与謝野も宮津も伊根も岩滝も、単なる「周辺観光地」ではなくなります。

天橋立という現象を生み出し、意味づけ、語り継いできた一つの大きな地域システム

として見えてくる。

そしてこれは、安田さんが考えている「広域自然共生サイト」や「あ・い・せ・よ」の五つの道とも、かなりきれいにつながってきます。


つまり、宗田氏の「はじめに」を極端に短くすると

世界遺産とは、地域を世界に売り込むことではない。
地域を深く掘り下げることで、そこに人類全体に通じる新しい世界観を発見することである。

そして、

その新しい世界観が見つかったとき、世界遺産は「登録」という結果以上に、地域の未来をつくる力になる。

――私は、この文章はそう読めます。

そして面白いことに、これは安田さんが最近言われた

「この景色の中に、地球の物語がある。」

という言葉とも非常に相性がいい。

もしこの本の「はじめに」を出発点にするなら、次に考えるべきなのは、**「では宗田氏が言う“人類の未来を拓く記憶となるような世界観”を、天橋立の場合には何と呼べるのか?」**だと思います。

ここが見えてくると、今までの「地質・世屋・砂・海・神話・雪舟・蕪村・浦島・京都文化」が、かなり一本の物語として束ねられる可能性があります。

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