宮津エコツアー · 丹後の山は、砂になって天橋立となり、岩となって地蔵となり、さらに神話の中では神木となって天と地を結ぶ。 天の橋立を世界遺産に 90

丹後の山は、砂になって天橋立となり、岩となって地蔵となり、さらに神話の中では神木となって天と地を結ぶ。 天の橋立を世界遺産に 90

【ありがとう、、さて、天橋立の裏山↑(鼓ヶ岳・成相山)のテッペンに大きな神木(世界樹・宇宙樹・生命樹・知恵樹)が生えていた、それが倒れて、海に落ちて出来たのが天橋立。と『丹後の地名』氏さん、本来、そうかあ!と思うべき所と思うのですが、その大きな神木(世界樹・宇宙樹・生命樹・知恵樹)が生えていた位置、場所については、ちょっと異見があります、それは、丹後の中心山にして、北西に比沼真名井神社、南東に篭神社を配し、さらにさらに見晴るかす久美浜湾にも阿蘇海にもそれぞれ特徴的に発達した砂州それが確認出来る、そういう意味で、宇宙樹・生命樹が立っていたのはイサナゴ山ではないか、と想像するのです!! 意見下さいな】

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はい。私はその異見、かなり面白いと思います
しかも「伝説を地質学的事実に置き換える」という話ではなく、伝説が持っている空間構造を読み直すと、イサナゴ山説には独自の説得力が出てきます。

ただし、現段階では「イサナゴ山に世界樹が立っていた」と断定するより、

「もし丹後の世界樹伝承を、丹後全体を見渡す象徴的な山に置くなら、イサナゴ山は非常に有力な候補ではないか」

という仮説として立てるのが一番強いと思います。


まず「神木が成相山にあった」という話をひっくり返す

『丹後の地名』氏さんの発想は、おそらく、

天橋立のすぐ背後にある成相山・鼓ヶ岳

その頂に巨大な神木

倒れる

海へ落ちる

天橋立になる

という、**局所的な「天橋立誕生神話」**として読むことができます。

これは非常に自然です。

ところが安田さんの発想は違う。

「いや、天橋立を生んだ“神木”を、天橋立の直近の山だけで考えなくてもいいのではないか?」

ということですよね。

そして候補としてイサナゴ山を置く。

これ、視野が一気に「天橋立」から「丹後」へ広がります。


イサナゴ山を置くと、空間構造が急に面白くなる

安田さんが指摘された、

イサナゴ山

を中心に、

北西方向に 比沼真名井神社
南東方向に 籠神社

さらに視線を広げると、

西側には 久美浜湾とその砂州
東側には 阿蘇海と天橋立

ここが非常に面白い。

つまりイサナゴ山を「丹後の中心的な聖山」と仮定すると、

山を中心として、海へ向かう二つの軸が見えてくる。

そして、その両側に特徴的な砂州が存在する。

これは単なる「山と海」の関係ではなく、

山 → 水系 → 海 → 砂州

という大地のプロセスを、丹後半島の中で左右に見せる構造として読めるわけです。


そして「世界樹」という言葉が効いてくる

世界樹・宇宙樹というものは、普通の意味での「巨大な木」ではありません。

神話学的には、

地下(冥界)
 ↑
地上(人間界)
 ↑
天空(神々の世界)

を一本の樹木が貫く、という天地を媒介する軸です。

だから世界樹が立つ場所は、

「世界の中心」

として表現されます。

ここでイサナゴ山を見る。

もしそれが丹後の中心的な山として古くから認識され、そこから四方へ人・水・道・信仰が展開していたのだとすれば、

「丹後という世界の中心軸に、宇宙樹が立っていた」

という想像は、神話的構造としては非常に美しい。

そしてその樹が倒れた。

すると、

垂直の世界軸

水平の橋

になる。

これ、私はかなり好きな発想です。Alexandre Calame Fallen Tree Stock Photo - Alamy


(↑ Alexandre Calame Fallen Tree Stock Photo – Alamy)

「世界樹が倒れて天橋立になった」を、こう読める

通常の理解なら、

巨木が倒れて海に横たわり、天橋立になった。

ですが、もう一段抽象化すると、

天と地を結んでいた「垂直の軸」が、倒れて海上の「水平の道」になった。

ですよね。

つまり、

宇宙樹=天地をつなぐ縦軸

天橋立=山と海、人間と神話をつなぐ横軸

へ転換する。

これは「天橋立=天への梯子」という名前とも響きます。


さらに、久美浜湾まで入ってくるのが重要です

ここが安田さんの説の独自性だと思います。

成相山説だけなら、

成相山 → 阿蘇海 → 天橋立

という一方向の話です。

ところがイサナゴ山を中心に置くと、

イサナゴ山

 ↙         ↘

久美浜湾・砂州  阿蘇海・天橋立

という構造が見えてくる。

もしこれが偶然ではなく、古代丹後人の空間認識の中にも何らかの対応関係があったと証明できれば、これはかなり面白い。

つまり、

丹後の「世界樹」は、天橋立だけを生み出す神話ではなく、丹後という世界そのものを中心から秩序づける神話だったのではないか。

という仮説になる。

これは一気に**「天橋立の由来」から「丹後の宇宙観」**へ昇格します。


ただし、ここには一つ大きな「検証の壁」があります

ここは大切なので、あえて冷静に。

「イサナゴ山が丹後の中心である」

「比沼真名井神社と籠神社がその対角線上にある」

「久美浜・阿蘇海の砂州が対応する」

ということと、

「だから古代人がイサナゴ山を世界樹の場所と考えていた」

ということは、まだ別問題です。

後者を言うには、

  • 古代・中世のイサナゴ山の呼称
  • 山岳信仰・祭祀遺跡
  • 山頂・山麓の神社伝承
  • 比沼真名井神社との関係
  • 籠神社との方位・祭祀的関係
  • 久美浜側の伝承
  • 「木」「柱」「天」「梯子」「岩」などに関係する伝承
  • 地名
  • 古地図・絵図

などを重ねていく必要があります。

ここを証拠と想像に分けておくことが、むしろ仮説を強くします。


(↑ イサナゴ山頂 右上に天橋立)

 

そして、これまでの話がここで一本につながってきます

実は今日まで話してきたことを全部重ねると、かなり壮大な構造になります。

① イサナゴ山

大地の中心・山・岩

② 山の岩石

風化・侵食される

③ 川

世屋川、野田川などが山の物質を運ぶ

④ 海

阿蘇海・久美浜湾へ

⑤ 砂

沿岸流によって集積

⑥ 砂州

天橋立

一方では、

① 山の岩

② 人間が石を採る

③ 石仏

④ 平治地蔵

⑤ 民衆の歴史を記憶する

となる。

つまり、

丹後の山は、砂になって天橋立となり、岩となって地蔵となり、さらに神話の中では神木となって天と地を結ぶ。

これは、かなり大きな「丹後像」です。


そして私は、ここに「世界遺産」の核心がある気がします

「天橋立が世界遺産に値する」という主張を、

美しい砂州だから

だけで組み立てるのではなく、

一つの山地から生まれた岩・砂・川・海・信仰・神話・民衆史・文学・絵画が、ひとつの地域の中で連続している。

そして、

人間は、その自然を眺めるだけではなく、そこに神話をつくり、道を歩き、祈り、争い、歌い、描いてきた。

だから天橋立は、

「自然遺産」なのか「文化遺産」なのか

という二者択一ではなく、

大地と人間が長い時間をかけて共同でつくりあげてきた「記憶の景観」

として捉えられるのではないか。

これは、先ほどの宗田氏の

「人類の未来を拓く記憶となるような世界観」

という言葉に、かなり正面から応答できると思います。

そして何より――

成相山に立っていた一本の木を、イサナゴ山まで引き戻してみる。

これによって「天橋立の神話」が「丹後全体の宇宙観」に変わる可能性があります。

私はこの仮説、一度ちゃんと地図に落として検証する価値が十分にあると思います。

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