「天橋立と里山を一つの生態系・文化圏として見直す提案」 天の橋立を世界遺産に 95
2026年9月14日 in 世屋・高山ガイド部会, 未分類 by yasuda | No comments
はい、これは面白いテーマです。
しかも「シカ=悪者」で終わらせず、糞まで含めて生態系の中で見ると、かなり立体的になります。
まず「食害」のマイナス
シカが増えすぎた場合、かなり深刻です。
- 林床の草本・低木を繰り返し食べる
- 希少植物やシカの好む植物が減る
- 食べない植物ばかりが残り、植生の組成が変わる
- 林床が裸地化すると、土壌侵食につながる
- 植物が減ることで、昆虫など植物を利用する生物にも波及する
実際、京都大学芦生研究林でも、シカの採食圧が強い場所では林床植生が大きく衰退しています。しかもシカは、餌が乏しくなっても食べられる植物を季節ごとに切り替えて生き残ることが確認されています。
さらに最近の研究では、食害が植物だけでなく土壌微生物まで波及することが示されています。
では「糞」は?
ここが面白いところです。
シカの糞は当然ながら、有機物・窒素・炭素などを森林へ戻すものです。
つまり、
植物 → シカ → 糞 → 土壌 → 植物
という物質循環の一部。
草食動物がいなければ、この経路そのものがありません。
実際、2026年の日本生態学会では、シカの糞を炭素・窒素の供給源として捉え、その分解過程を調べる研究も発表されています。
ですから、
シカの糞=ただの「汚物」
ではありません。
生態学的にはむしろ、
「シカという大型草食動物を通って戻ってきた肥料」
とも言えるわけです。
ただし、ここにも「過剰」があります
シカが少数なら、
食べる → 消化する → 糞をする → 土へ戻す
という循環が成立する。
ところがシカが過密になると、
食べる量 > 森が再生できる量
になってしまう。
すると、糞が増えても、それだけでは帳尻が合いません。
森林総研の研究では、シカの食害によって植物が吸収できる窒素が減り、土壌中の無機態窒素が水に溶けて流出しやすくなることも示されています。つまり、「糞をするから肥料になる」だけでは森林全体の窒素循環を説明できないんですね。
さらに「糞害」として見ると
人間の生活圏では別の問題があります。
糞が大量に集積する場所では、
- 景観・衛生上の問題
- 道・遊歩道などでの踏み散らし
- 糞を介した寄生虫などへの注意
- シカの高密度化に伴うマダニなどの問題
も考える必要があります。
特にシカの生息状況とマダニの分布・人獣共通感染症リスクとの関連は研究されています。
ただし、「シカの糞=すぐ危険」とするのは言い過ぎです。問題は、密度・場所・蓄積量・病原体などの条件です。
そして、私はここが一番大事だと思います
ユーザーさんが考えている世屋山・世屋川のエコツアーという視点なら、
シカは「害獣」なのか?
という問いより、
「シカがいること」と「シカが多すぎること」は、同じではない。
と伝える方が、ずっと面白いと思います。
シカそのものは森の構成員。
食べる。
歩く。
糞をする。
植物を移動させる。
種子散布にも関わる。
そして死ねば他の生物の餌になる。
そういう森の物質循環の一員です。
ところが、人間活動などによって個体数や分布が大きく変わると、
「森の一員」から「生態系を変えてしまうほどの圧力」
へと変わる。
この「プラスとマイナスの境目」こそ、実は自然共生を説明する絶好の教材だと思います。
そして世屋川のような山から海までの流域で考えると、さらに一歩進んで、
シカが山で植物を食べ、糞をし、その物質が土壌・沢・世屋川を経て、最後には海へどう動くのか。
という「シカから海まで」の物語にできるんですよね。
これは、天橋立を**「山と海がつながった場所」**として語る話とも、かなり相性がいいです。
はい。私は「天橋立でも、奈良とは違う形で“シカを敵にしない共生”を考える余地はある」と思います。
ただし、ここはかなり慎重に設計したほうが面白いです。
まず大事なのは、奈良公園のシカが「聖獣だから放置されている」わけではないことです。現在の奈良県も、シカを天然記念物として保護しながら、農作物被害、交通事故、原始林の食害などを含めた保護管理を進めています。シバ草地を再生する一方、シカの採食圧から植生を守るため一時的に囲う、といったかなり積極的な管理もしています。
そこで天橋立です
実は、これは意外に相性がいい。
天橋立の松林の問題は、現在、
「シカが食べすぎる」
というより、
「人間が利用しなくなったことで、松林が富栄養化し、下草・広葉樹が増えている」
という側面が非常に大きいんです。
京都府自身が、昔は住民が松葉や落ち枝を燃料として採取していたことが松林の維持につながっていたが、化石燃料への転換で人と松林の関係が失われ、広葉樹への遷移が進んだ、と説明しています。現在も落ち葉掻き、腐植土除去、下草刈り、間伐などが保全作業になっています。
ここへシカを**「一つの生態系機能」**として組み込む発想です。
たとえば、こんな実験は考えられないでしょうか
天橋立全域にシカを自由に入れるのではなく、
「シカ共生ゾーン」を小さく設定する。
そこで、
シカが下草を食べる
↓
糞をする
↓
昆虫・菌類などが分解する
↓
土壌へ戻る
という自然の循環を観察する。
そして、人間による
下草刈り・松葉掻き・腐植土除去
と比較する。
つまり、
「人間が鎌で管理する松林」と「シカが食べることで管理される松林」
を比較するんです。
これは単なる観光アトラクションではなく、自然共生の実証実験になります。
ただし、ここに重要な「条件」があります
シカは松そのものより、下層植生を利用する可能性がありますから、一見すると「松林保全の味方」に見えます。
でも、密度が高くなれば、
下草 → 稚樹 → 樹皮・枝葉
へと食害圧が広がり、更新そのものを壊してしまう可能性があります。
ですから、
「シカを増やす」のではなく、「シカのいる状態を生態系管理の一要素として利用できるかを試す」
という発想がいい。
奈良でも、シカによる採食が独特の植生景観を形成している一方、春日山原始林などでは食害が保全上の問題になっています。
そして……ここがユーザーさんの発想と非常に合う
私はむしろ、
「天橋立のシカ」
を新しい物語にできると思います。
奈良は、
神の使いとしての鹿と人間の共生
ですよね。
天橋立なら、
白砂青松をつくってきた海岸生態系の一員としての鹿と、人間の共生
という別の物語ができる。
しかも、
シカ → 下草 → 糞 → コガネムシなどの分解者 → 土壌 → 松林
という小さな循環を見せる。
奈良公園では実際に、シカが芝を食べ、糞をし、コガネムシが糞を利用して土中へ運び、それが芝の肥料となるという循環が紹介されています。
これは、以前話していた**「シカの糞害」**にも見事につながります。
「糞害だ!」で終わらず、
「糞は誰の迷惑なのか? 森にとっては資源ではないのか?」
と問い直せる。
そしてさらに大きくすると、
世屋山のシカ
↓
世屋川流域の植生
↓
土壌・糞・落葉
↓
川
↓
阿蘇海
↓
天橋立
という、山から海までの物質循環の話になる。
これはまさに、ユーザーさんがずっと追っている
「この景色の中に、地球の物語がある。」
の実践版です。
天橋立を「松を守るために人間がシカを排除する場所」とするのではなく、**「シカも含めた生態系をどういう密度・範囲・方法なら白砂青松と共存させられるかを研究する場所」**にする。
……私は、これはかなり面白いと思います。
ただ、現時点で天橋立公園にシカを導入すべきだ、とまでは言えません。まずシカの現在の利用状況、糞密度、食痕、稚樹更新、松林の下層植生を調べる必要があります。
でも、「奈良公園をそのまま真似る」のではなく、「天橋立型のシカ共生」を考える――これは十分、研究テーマになり得ると思います。
そして何より面白いのは、「白砂青松」は人間だけが作った景観ではなかったのではないか、というところまで話が届くことです。
松林保全のための根止めフェンス選びも、ひとつの手です。

(↑ 滋賀県米原市:伊吹山の土石流災害、シカの食害原因か…山肌露出の「裸地化」進行で保水力低下 : 読売新聞)
はい、その意図なら、私はむしろ**「シカを観光資源にする」という言い方を少し変える**と、ずっと通りやすくなると思います。
「天橋立に鹿を呼びましょう」では、たしかに一笑に付される可能性があります(笑)。
でも、
「天橋立で鹿を見ることを入口に、鹿がなぜここまで増えたのか、その向こうにある里山の変化まで考えてもらう」
なら、かなり意味が違います。
「かわいい鹿」で終わらせない
例えば来訪者が天橋立で鹿を見たとき、
「あ、鹿がいる!」
↓
「昔からここにいたの?」
↓
「どこから来るの?」
↓
「山では何を食べているの?」
↓
「なぜ最近、鹿がこんなに増えたの?」
↓
「じゃあ、鹿が増えた山では何が起きている?」
ここまで視線を山へ返す。
すると、天橋立が単独の観光地ではなく、
「山の問題を海辺で考える入口」
になります。
これはユーザーさんが以前から言っている「天橋立を丹後全体への入口にする」という構想とも、かなりよく合います。
そして「上品」という感覚も、私は分かります。
もちろん生態学的には、シカだって立派な野生動物で、過密になればかなり深刻な害を出します。
でも観光コミュニケーションとしては、
鹿 → 里山 → 森 → 生態系
という導線は作りやすい。
クマやイノシシだと、どうしても最初に
「危険だから近づかない」
が来てしまう。
鹿なら、
「美しい」「かわいい」「神の使い」「奈良公園」
という既に共有されている文化的イメージを入口にできる。
そこから、
「でも、その鹿が暮らす山は、いまどうなっているのでしょう?」
と、話を反転させる。
これ、かなり巧い観光教育になると思います。
そして「糞」が効いてきます(笑)
ここも大事。
「鹿さんかわいい」で終わったら、ただの動物観光です。
ところが、
鹿が食べる。
鹿が糞をする。
その糞を虫が利用する。
土に戻る。
しかし鹿が多すぎると、食べる量が森の再生力を超えてしまう。
とすると、
「鹿は善か悪か」ではなく、「多すぎるとはどういうことか」
という、生態系の話になる。
そしてその先に、
「なぜ多すぎるようになったのか?」
がある。
そこで初めて、
- 人が山へ入らなくなった
- 薪炭林の利用が減った
- 狩猟圧が変わった
- 里山と奥山の関係が変わった
- 農地が荒廃した
- 野生動物の生息域が変化した
……という里山の窮状が見えてくる。
つまり、
鹿を見せることが目的ではない。
鹿を見せることで、鹿の向こう側にある「人と山の関係」を見てもらう。
これなら、私はかなり筋のいいアイデアだと思います。
そして天橋立なら、最後にこう結べる。
「この鹿は、天橋立だけの話ではありません。
あの山からやって来た鹿です。
天橋立の美しい松林を守ることと、あの山の森を守ることは、実は別々の問題ではないのです。」
……これですよ。
「白砂青松を守ろう」から一歩出て、
「白砂青松を生んだ山と海のつながりを、もう一度取り戻そう」
という話になる。
そうなると鹿は「観光資源」ではなく、山と海をつなぐ案内役なんですよね。

あはは、**その一言、妙に説得力がありますね!**
「大砲は文化財だから置いてある。ならば鹿も、ただの“害獣”として排除するのではなく、この土地の自然と人間の関係を考える存在として置いてみる。」……という発想ですね。
もちろん、実際に天橋立へ鹿を「置く」なら、生態系への影響をきちんと調査しなければなりません。
でも、「鹿そのものを観光の主人公にする」必要すらないと思います。
例えば、
大砲を見る。
「昔、この海を守ったのは人間だった。」
鹿を見る。
「いま、この山と里の境界を教えてくれるのは鹿かもしれない。」
この対比、面白いですよ。
大砲は、人間が自然・海・国土をどう守ろうとしたかを語る遺産。
鹿は、人間が山との関係をどう変えてしまったかを語る生きた遺産。
そして最後に、
「天橋立を守ることは、天橋立だけを守ることではない。」
と山の方へ視線を向ける。
これなら「鹿を観光資源に!」という突飛な話ではなく、
鹿を媒介にして、天橋立と里山を一つの生態系・文化圏として見直す提案になります。
いやあ……「大砲を置いておく、それなら、シカも!!」
この発想、私はけっこう好きです。
**「動かない文化財」と「動く生きた文化・自然」**を同じ風景の中に置いてみる――というところまで展開できそうです。
【ツラツラ思うことができました、ありがとう、、シカ柵も似合いませんしすぐ食べ尽くしてしまいますし、、、しかし、この実験に意味がある、そうなら、ヤギでも!!】

そうなんです。そこまで考えると、「鹿を飼う」ことと「鹿をテーマにする」ことを分けた方がいいですね。
そして「ヤギでも!!」は、案外いい(笑)。鹿は野生動物ですから、天橋立公園に導入するとなると、個体数管理・逃走・植生への影響・疾病など、かなりハードルが高い。一方、ヤギを一定区域で飼養して、下草管理の実験をするなら、ずっと管理可能な実験になります。
ただし、ここでも面白いのは「ヤギが松林を救う」と決めつけないこと。
例えば「天橋立・草食動物管理実験」
小さな区画で、
① 人間が刈る
② ヤギに食べてもらう
③ 何もしない
の3つを比較する。
そして、
- 下層植生はどう変わる?
- 松の稚樹はどうなる?
- 外来植物は?
- 昆虫は?
- 土壌は?
- 糞はどう循環する?
- 管理費は?
- 来訪者は何を感じる?
を見る。
するとヤギは「かわいい観光動物」ではなく、里山管理の道具であり、生態系を考える教材になる。
しかも、これは鹿の話にも戻れます。
「ヤギなら人間が管理できる。では、野生の鹿はどうする?」
ここで初めて、鹿の食害問題が「害獣駆除」という一方向の話ではなくなる。
そして私は、もっと大きな意味があると思います。
天橋立では昔、松葉を拾い、薪を採り、草を刈ることで、人間自身が松林の管理者でした。
今はその仕事を人手と予算を使って取り戻そうとしている。
そこへヤギを入れて、
「人間だけで管理する必要があるのか?」
と問いかけてみる。
さらに、
「昔の里山には、どんな動物がいて、どんなふうに人間と物質を循環させていたのだろう?」
と世屋へ話をつなぐ。
これはかなり美しいです。
天橋立の松林でヤギを見る。
↓
「なぜヤギ?」
↓
「草を食べてもらっています」
↓
「昔は人間が草や松葉を利用していました」
↓
「では、いま山では何が起きている?」
↓
「鹿が増えている」
↓
「鹿の食害・糞・森林更新の問題」
↓
「人と山の関係をどう作り直すか」
……と、一匹のヤギから世屋山まで話が届くんです。
これはユーザーさんの「わああー → きゃあー → なんとなあ!! → 知」という流れにも、実に合っています。
最初は、
「わあ、ヤギがいる!」
でいい。
でも帰るころには、
「あれ? 天橋立の松林って、山の暮らしとつながっているんだ……」
となる。
これなら「ヤギを置きましょう」という奇抜な提案ではなく、
自然共生を体験できる小さな社会実験として考えられます。
そして何より、柵で鹿を閉じ込める風景より、ヤギが草を食べている風景のほうが、確かに天橋立には似合いそうです。
はい、まさにそれですね。(^.^)
「飽くなき探究心」
……これ、今回の一連の話を貫く言葉かもしれません。
シカを見て「害獣」で終わらない。
糞を見て「糞害」で終わらない。
ヤギを思いついて「観光」で終わらない。
山の名前を見て「地名」で終わらない。
題目を見て「宗派」で終わらない。
「なぜ?」を一つ先へ、一つ先へ。
そうすると、
鹿 → 森 → 里山 → 人の暮らし → 宗教 → 山の名前 → 支配の変化 → 天橋立 → 山と海の物質循環
と、バラバラだったものがつながってくる。
これこそ、以前おっしゃっていた**「見えないものを見えるようにする」**というエコツアーの醍醐味でしょうね。
そして面白いのは、探究心には終点がないこと。
「鹿をどうする?」
から始まって、
「そもそも、なぜ鹿が問題になるほど山が変わったの?」
になり、
さらに、
「そもそも昔、人間は山とどう付き合っていたの?」
となる。
……こうなると、もう鹿の話ではないんですよね。
丹後そのものの話になっている。
「飽くなき探究心」――
なんだか、天橋立を歩くときの心の羅針盤にしてもいい言葉ですね。(^.^)
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