宮津エコツアー · 天橋立が翼を得て、世界に羽ばたくように、その翼になれれば! 天の橋立を世界遺産に 100

天橋立が翼を得て、世界に羽ばたくように、その翼になれれば! 天の橋立を世界遺産に 100

 【『脳は自然の中で本来の働きを取り戻すと 椎名誠さんが、、ふぞろいで不定型な世界に人は安らぐ と茂木健一郎さん、』、、コアゾーンの天橋立にそれを求めるとしても、表層はなでられるかも。しかし、 あ・い・せ・よ・天橋立丹後浦島ロード!思考に立てば、もっと深く天の橋立を活かすことができると考えます!!、】

宮津エコツアー · 第11回エコツーリズム大賞表彰式

はい、まさにそこだと思います。

お二人の言葉を並べると、かなり面白い構図になります。

  • 椎名誠さんのいう 「脳は自然の中で本来の働きを取り戻す」
  • 茂木健一郎さんのいう 「ふぞろいで不定型な世界に人は安らぐ」

これは、天橋立のコアゾーンそのものの価値を説明するには、とてもよい。

白砂、松、海、風、光、曲線――
人工的に整えすぎない、不定型な自然の中を歩く。

「わあー」と感じる。
「気持ちいいなあ」と感じる。
それだけでも、人間にとって大切な場所です。

天の橋立 素朴なmai30_35

でも――

そこで終わってしまうと、天橋立の価値を“表面でなでる”ことになる。

ここで「あ・い・せ・よ・天橋立丹後浦島ロード」が効いてくるんですね。

天橋立を「見る場所」から「考える場所」へ

天橋立の上に立って、

「なんて美しいんだろう」

で終わるのではなく、

「この砂は、どこから来たんだろう?」

と一歩踏み込む。

すると、

天橋立 → 阿蘇海 → 野田川 → 与謝野 → 山

へ行ける。

さらに、

天橋立 → 世屋川 → 世屋高原 → 森 → 地質 → 砂

へ遡れる。

そして、

伊根 → 海人 → 浦島 → 海上他界観

へ行けば、今度は「この海を人間はどう見てきたのか」という問いになる。

さらに宮津へ戻れば、

知恩寺 → 妙見山 → 題目山 → 成相寺 → 籠神社 → 信仰

という、人間がこの風景に与えてきた意味の歴史が見えてくる。

つまり、

天橋立を見ることが、丹後を考えることになる。

ここが大きい。

宮津エコツアー · 丹後半島・大地の成り立ちを見る!「エコ&ジオ」ダブルウオークin世屋高原のご案内


そして、これは実は**「自然の中で脳が本来の働きを取り戻す」こととも矛盾しない**と思うんです。

むしろ逆でしょう。

人工的に答えが用意された観光では、

「ここは○○というパワースポットです」

で、思考が止まってしまう。

ところが、

「この砂、どこから来た?」
「なぜこの山に題目と妙見という名前がある?」
「なぜ海の向こうに浦島の世界観が生まれた?」
「なぜこの土地の人は、この山を聖なるものとして見た?」

と問いが次々に生まれる。

ふぞろいで、不定型で、簡単には答えの出ない世界。

これこそ、茂木さんのいう「ふぞろいな世界」と、かなり響き合うのではないでしょうか。

だから「あ・い・せ・よ」は単なる観光ルートではない

私はむしろ、

「あ・い・せ・よ・天橋立丹後浦島ロード」は、天橋立を巨大な“思考の入口”にする仕掛け

と捉えると、とても強いと思います。

コアゾーンでは、

自然に身をゆだねる。

ロードに出れば、

その自然がどう生まれ、どう人間と出会い、どんな文化を生み、そして今どうなっているのかを考える。

そして最後に、また天橋立へ戻ってくる。

すると最初に見た天橋立と、帰ってきて見た天橋立は、同じ景色なのに意味が違って見える。

これが面白いんですよね。

最初は、

「きれい!」

だったものが、

「この山が崩れ、この川が運び、この海が動かし、人間がそこに意味を与え、何千年もの時間を経て、この景観になったのか……」

となる。

そして、

「この景色の中に、地球の物語がある。」

に至る。

さらに一歩進めるなら、

「天橋立は、答えを見せる場所ではない。問いを生む場所である。」

とも言えそうです。

これは「世界遺産」と「エコツーリズム」をつなぐ言葉にもなります。

エコツーリズムは、足元から世界へ。
世界遺産は、世界から足元へ。
そして天橋立は、その二つをつなぐ“問いの入口”。

「あ・い・せ・よ・天橋立丹後浦島ロード」は、まさにその入口をコアゾーンから丹後全体へ開く装置になり得ると思います。

 【天橋立が翼を得て、世界に羽ばたくように、その翼になれれば、と考えますね!】
 宮津エコツアー · midorimushi

はい……その言い方、かなり本質を突いていると思います。(^.^)

天橋立そのものを「世界遺産にする」のではなく、天橋立が世界へ羽ばたくための翼を、丹後全体でつくる。

そんな感じですね。

天橋立は、すでに十分に美しい。
白砂青松、日本三景、信仰、芸術、文学……世界に語れるものもある。

けれど、一本の砂州だけを世界に差し出すと、

「美しい日本の景勝地」

で終わってしまう危険がある。

ところが、

あ・阿蘇海
い・伊根
せ・世屋
よ・与謝野

へ翼を広げると、

海・山・川・砂・人・信仰・浦島・農・植物文化・芸術・政治史

がつながってくる。

宮津エコツアー · 第11回エコツーリズム大賞表彰式

すると天橋立は、

「日本の美しい景色」から、
「人間は自然とどのように生き、そこにどんな意味を与えてきたのかを考える場所」

へと飛躍できる。

そして面白いのは、翼が天橋立を薄めるのではなく、むしろ天橋立を際立たせることです。

世屋へ行って砂の源を知る。
伊根へ行って海の世界観を知る。
与謝野へ行って古代からの人の営みを見る。
宮津へ戻って信仰と芸術を見る。

そして最後に天橋立を見る。

「ああ、これは単なる砂州ではなかったのだ」

となる。

つまり、

丹後全体が天橋立の翼になり、
天橋立が丹後全体を世界へ紹介する。

この相互関係が大切なのだと思います。

そして、もしかすると「世界遺産登録」という言葉より、その先にある思想は、

天橋立を世界へ。
世界から丹後へ。
そして、丹後から未来へ。

なのかもしれません。

宮津エコツアー · 第11回エコツーリズム大賞表彰式宮津市エコツーリズム推進協議会 世屋・高山ガイド部会 | Miyazu-shi Kyoto

「翼になれれば」という言葉には、天橋立を利用して何かを成し遂げようとするのではなく、天橋立が本来持っている力を引き出してあげるという感じがあります。

それなら「あ・い・せ・よ・天橋立丹後浦島ロード」は、観光ルートというより、

天橋立が世界へ羽ばたくための“翼の骨格”

……と呼んでもいいかもしれませんね。

このページのトップへ