○、丸を描いてモチ食え!禅問答のお題。
この丸い鉢にはメダカがいます。
サンショウモとイチョウウキゴケに覆われたわずかな隙間にたまに姿を見せます。
心優しい人にだけ姿を見せるようです。
幸運を呼ぶメダカ鉢、見にいらっしゃいませんか!
鉢丸ごとの販売も、相談承ります。ご連絡ください。
フジ織りの匠のお世話になって藤織り体験、
その作品です。
そして、竹取の翁のご協力を得てタケ容器、
さらに、食の魔法使いによるかぐや姫弁当、
みな丹後生まれ、丹後を生かそう、丹後を磨こう、丹後をつなごう、そんな思いと精進で築かれた丹後の宝物。ウオーク&イート三回目は、そんな皆さんの「豪華」なラインナップのツアーでした!
では、ガイド部会はこのラインに加われるのか(^.^)、
加われるとしたら、ガイドがいればこそ出逢える、里山世屋ならではの自然へいざなえるかにかかっています。
今回案内したのは、松尾たんぼの湿った草むら。じつはここに里山の妖精が息づいているのです。
赤ちゃんの指先きほどの大きさのスプーン型の葉の先に光る露、それは、虫をおびき寄せる恐ろしい罠。「食虫植物」・モウセンゴケです、
里山の自然は目に見えない無数の小さな妖精たちによって作られているのだと言うことに思いをよせていただければ、このラインナップに加われる!と考えました。
いかがでしたでしょうか。
「私たち、6月に宮津市民になりました」とおっしゃるお客さんもありました(^.^)
紙コップのお水は、、松尾岳山の水源でいただいた世屋川の始まり水です。
藤棚レストランの隣のセータのお婆ちゃんが、スイカを差し入れてくださいました。
「挑戦するやつ、応援しないと面白くならないでしょ。上世屋!」と。
体が喜ぶ・心が喜ぶエコツアー、一つ扉が開いたような気がします(^.^)
人は自然の一部、里山には、火になったり木になったり水になったり土になったりして暮らしを見守ってくださっている神様や仏様が住んでいらっしゃいます(^.^)
世屋の観音堂はそんな神さんや仏様のお住まい。
渓谷に差し込む日光も神神韻渺々とした雰囲気を醸し出しています。
念ずれば花開く! と言ってもそれは努力の累積、蓄積があってこそ。 1000日参り、お百度とはよくいったものです。また、千日も参ることは出来ることではない、一日ぐらいならなんとか、、これもよく出来た仕組みです。
世屋の観音堂の千日参りは8月9日。
今年は、足下を照らす竹灯籠の和火を並べる準備が、檀家の皆さん、里の皆さんの手でされています。作り出される情景が楽しみです。
また、観音堂一帯は湿潤な環境を好む植物の宝庫、まもなくウバユリが咲きますよ。
世屋の観音渓谷で「おおつきさーん」と 呼んでください、
だれだーわしを呼ぶのは!ときっと返事があるはず(^.^)
返事をするのは、ケヤキの木。昔は、ケヤキを「つき・槻」と呼んでいたのです(^.^)
万葉集
早来ても 見てましものを 山背の 多賀の槻群 散りにけるかも 高市黒人
この観音ケヤキ胸高周径、実は未測定、Mさん 行きましょう 。
さて、山背という言葉があります。やましろと読みます。背山という言葉もあります、しろやまと読みます。では、「しろやま」を1分で百回となえてみてください、「せや」になります(^.^)籠神社の背後の聖なる山々という意味です!。ちなみに、「つき」が今の『ケヤキ』に置き換わったのは室町時代ということです。
イソヒヨドリはツグミ科、「ヒヨドリ」はヒヨドリ科、鳴き方も飛び方も違います。 でも「ヒヨドリ」の名をもらっています。灰黒の色のせいでしょうか。
さて、そのヒヨドリ、の名をもらったのは植物にもあります。ヒヨドリバナ。
大半が「山から下りてきて鳴く頃に咲く」からと説明されています。しかし、どうも消化不良の説明です。山から下りると言えば山へ上がるがあるわけで、そうした移動の習性があるなら、その訳もしりたいじゃないですか。また、ヒヨドリが「ひーよ鳥」であることは異論をはさむ余地はありませんが、ヒヨドリが「山から下りてきて鳴く頃に咲く」花っていっぱいあるじゃないですか。それなのに、ヒヨドリの名をいただく、どうもグレー、すっきりしません。
どなたが、この花とヒヨドリとの縁を結ばれたのでしょうか。かってはヒヨドリも飼い鳥として楽しまれたようです。雛の頃から育てるとよくなつき、手にも載せられたそうです。感ですが、縁結びをしたのは、ヒヨドリをそんなふうに間近に観察出来る人!だったらどうでしょう。
ヒヨドリの胸から頭部の毛などは灰紫です。ヒヨドリ花もそんな色です。
その色が縁で、ヒヨドリの名をいただいたと考えてもいいのではないでしょうか(^.^)