ウメ干し。
梅の色を良くし皮や果肉が柔らかくするのが土用干し。

けれど、土用の頃天気がよくなかったので今干しているのだと言うこと。 つーんと酸っぱい香りが漂ってきました。
(↑ 8/11 大宮町)
ちなみに、土用とは、四立(立春、立夏、立秋、立冬)の前、約18日の期間、 一般的には 立秋(8月7日)の18日前の期間です。
世屋・高山ガイド部会の活動ブログ
山村の生活文化を色濃く残す世屋でこそ、『手をかける』という人間の基本的な部分を学べる、、、地域のお婆ちゃんたちが当たり前に受けついできた文化が当たり前でなくなり、時代が欲している、、、、とサントリー地域文化賞受賞を報じる(京都新聞8/10)の中で井之本さん。
(↑ ↓ 7/27 第三回ウオーク&イート)
「木を織る」文化の現地での伝承は、人間と自然の協調した生活スタイルを放棄した行く末の恐ろしさを見せつけられている日本にあって、希望の光芒とも言うべきもの。
なぜ人はここで生活を委ね文化を育むことが出来たのか、それを具体的に見せたり感じたりしてもらうことができルところまで継承し復元し、自然とともに暮らすことは可能なのだと目指す人たちを激励しているこの取り組み。
(1985年頃 川北亮司さん撮影 光野ためさん)
そこを評価した受賞は当然のこと。
世屋の里の、人も草も田も空も風も山もみんな謳って祝福しています。
♪世屋の里に 松植えて
一の枝には 藤織りさん
二の枝には 合力さん
わしもなりたや三の枝 ストトンストトン♪
「ミツバチの歴史は人類の歴史」。アインシュタインは、“もしミツバチがこの地球上から消えてしまえば、人類に残された時間は4年である。”とおっしゃったそうです。
8月のウオーク&イートは、そのミツバチと里山がテーマ、丹後の養蜂家小長谷芳男さんのお世話になります。ぜひご参加ください。
さて、ミツバチを手に包んだことはありますが、刺された記憶はありません。けれどもおとなしいかというとそうではない。 専守防衛、巣を襲われたときにのみその武力は行使するのだそうです。
ミツバチのの針には釣り針で言う「かえし」のようなものが付いているのが特徴。その目的は、さしたあと、針に付随する毒腺とそれを動かす筋肉ごと敵に残すためというからすさまじい。そして、その筋肉は収縮運動を繰り返し毒を送り続けると言うのです。
それとともに針から発散される揮発性の物質で他の仲間の興奮を誘発するのです。ミツバチは、敵を刺すと針と一緒に自らの内臓まで引き抜かれるわけで、まさにミツバチが刺すときは、命を捨てるときなのです。
養蜂家の皆さん、刺されたら0,1秒でも早く抜け。毒嚢が脈打ってどんどん毒が注入されて、抜くのにかかる時間と腫れ方は比例するとおっしゃいます。そして、まず冷やす、そして抗ヒスタミンと副腎皮質ホルモン剤入りやメンソール入りノ軟膏を塗る。気分が悪くなったり、心臓が高鳴ったり、腫れがひどくなるときは医者へ。
素明かりの観音堂。
今日は特別ゲスト「丸橋観音」様が主役です。
見上げるとしかの彫り物。
飢えた聖が、鹿にお姿を変えた観音様によって救われたとこのお堂に伝わる観音霊験譚をあらわしたものです。
ちなみに、この話し、成相寺にいくと状況はともにしながら、上世屋の「鹿」は、「猪」とされます。その区別は特に問題ではないとおっしゃるのは観音霊験譚と文学などを研究される仏教大の高倉瑞穂さん。
鹿 猪も、同じ「シシ」と呼ばれ、肉の意を表し、山の神そのものと考える民間信仰が強くあった。従ってこの聖は、山の神と仏と二つから救われたと考えることが大事と。 同感です、ブナ林観察道には鹿の角研ぎ痕もあり秋には鹿の鳴き声が響きます。また、万葉集には、「あらき田の しし田の稲を 倉に上げて、、、」
という歌があり、鹿猪田と書きます。けれども、アシの細い鹿は、冬場は下世屋まで。豪雪の上世屋や木子には暮らせません。オオカミに追われて飛び込んでくると言うのが地元発なら、鹿は不自然、猪のほうが自然!観音信仰を広げる聖たちに、猪派と鹿派があって、上世屋にこられたのは鹿派の聖だったのでしょう。
ふと、インスピレーション(^.^)
シシ=肉=命。木や実、肉などの豊かな食糧供給地はシシ・肉=命の世界。何を言いたいかというと、「シ」と「セ」は一緒になりやすいと言うこと。豊かにシシ(鹿・猪)が暮らす地。シシ谷。それが、「セ谷」、、、、
フフフーン!
どうでゃあなあ、今年の米は?まあ呑んでもう一息きばっとくれよ!
「上世屋のお観音さんは、ようねぎゃあごとを聞いておくれる値打ちのあるお観音さんだわなあ。」とおためさん。
その①
お母さんがゆうとくれたことだけど、日露戦争のときりに、ここの人がいっとんなって、帰ってからの話しに、向かいの山の敵を攻めんなんだが、なんにも隠れるものがのうて、丸見えで弱っただ。それで、上世屋のお観音さんに頼んだら、ぼた雪をグラグラふらしとくれて、敵からみえんようにしとくれて、向こうまでいくことが出来た。その時は、日本は神さんの国だと思ったゆうてなあ。
その②
それから、お観音さんに、雨おくれいうて頼んだら、おくれた、雨乞いの時は、朝はお宮さん、午後は観音さんでお千度をあげたんだ。お千度ゆうのは、竹を割って、盆踊りみたいに輪になって中にコモをしいて、その上に年寄りがおって、そこへ竹を10本ずつ千本になるまで投げるんだ。それを年寄りが数えとって千本になったら、「ほい、もうええど」ゆうておしえただ。それでもあかんときは、太鼓をもって上がって、それを雷のかわりに、また火をたいて稲光の代わりにし、青年が滝の上へあがって、そこに木で堰をつくって、はだかになって水を村中にほくっただ。その間おっさんは観音経を読み上げとるだ、。最後に、その堰をどおっとながしただ。そうしたら、じきに黒雲がわいてきて雨がふったもんだで。そんなことを観音さんは、重宝に不思議にようきいとくれたもんだ。
そんなふうに里山暮らしの精神生活を支えた観音さんも、最近は過疎、高齢で、参道の整備もままならない事態。
おまけにご本尊の盗難という不届きな被害。
しかし、そこに心痛めたのは「よそもの・若者・××もの」。
竹和火でライトアップして世屋観音様の千日参りを(^.^)。
わしも一筆!
うちは野菜を、わたしはスイカを!
わたしは、献灯で。
そして、当夜。
善男善女の足下を照らす明かり。
ようまいとっくれましたなあと総代さん。
松尾の仏師丸橋さんの聖観音様も、特別展示。
確かにハスの花をお持ちでした。
普段お参りすることの出来ない分、今日の千日参りでこらえてもらえた、最期の時はあのようなお姿で現れて極楽へお連れくださるのだ、大丈夫、安心して気張ろう!
連れもって戻られるお婆ちゃんたち一団の足取りが、心なしかしっかりしていました。