宮津エコツアー · yasuda

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     180度の角度で里・棚田・谷・山・空を展望できる合力の家の濡れ縁からの景観は一級品です。3月17~20日の四日間のここ丹、上世屋合力の家は、写真展、藁箒作り、そして、白石さんの作陶展等の会場になりました。近辺からたくさんの方に訪れて頂き、濡れ縁からの里山景観に見入っておられました。募金として集まった額も総額7,000円超。大成果です。
     さて、その濡れ縁に『天橋立が出現』といえば、「!!」となりませんか。そうなんです、天橋立がイメージされていたんです。森は海の・・・をあげるまでもなく、ネーミングは決定的な力を持ちます。「世屋の里の天橋立」これには、籠神社からUターンするバスを直進させる力、日置の交差点を直進するバスを左折させる力を感じますよ、感じませんか?但し、その言葉は、白石さんの心の中だけにとどまっていた、悲しいことに、周りは気づいていない、ごらんになった方もそういう目では見られていないはず。
     そう言われたのは最終日、片づけしながらのこと。弓なりの厚手の杉板、その上に黒地に紫の図柄を配した帯地を敷き、そこに数々のミニせわ焼き。國村さんや嶋田さん、三宅さんたちの処女作を展示。その光景を天橋立だと思っていたと。
     聞いて絶句!数々のミニ焼きは6,000本の松並木に見立てられます。全くそのものではないですか。「何で言ってくれなかったんですかあ」。思わず叫ぶと、「え!知らなかった?」と追い打ちをかけられて、またひっくり返りました。
     展示に一言「天橋立」と記しておけば、素人の処女作も光って見えるじゃないですか。
     そんなわけで、今回は残念でしたが、4/30「世屋の春を楽しむ会」には、再現させてもらいます。請うご期待!

 山は更新しないでおけばブナ林になります。更新すれば、ウリハダカエデ、しで、コナラなどの広葉樹林が再生します。世屋の山に林業として、入っておられるのはおもに二つの業者さん。山を買っては切り出し、どちらも紙の材料になるチップにするということです。そのHさんとお話したときに、学校の「メタセコイヤ」が話題になりました。
気候に合うのか、雪にも負けずに成長を続けています。大きい!しかも、黄葉するわ 落葉はするわ という針葉樹らしくない針葉樹。イチョウの巨木がグランドにはありましたが、落雷のため燃えてしまいました。 今では、サクラを押しのけてしまって 一番に目につくのです。

雪の中のメタセコイアとおばあさん
 話したとはいっても、それほどの知識もないものですから、・・・・植えられた経緯 誰がうえたもんか、こうなるとは思ってなかっただろう! どこまで大きくなるもんだか、、、舞鶴にもあちこちの公園にもあるようだが、風を受けて根が浮いたら 建物もおこさないか 怖いほどだ。メタセコイヤの利用価値! 材木には向かない チップの材料だな、・・・・等、うわべをなでるぐらいの話でした。
しかし、上世屋を訪れらたお客さんには、休憩所の巨木に触れないではいられない、あらためて、しげしげと向き合って組み立てておく必要を感じさせられたのは、「成果」です。
 ということで、お客さんを想定してのメタセコイア話を一席。
『 メタセコイア! メタってめたほりっくとかいうでしょ めたっていうのは、接頭語。
メタを取ったら なんになります、「 セコイア」、セコイアの話からしましょう、 これ、人の名前なんですって。 シクウォイア。 チェロキーインディアンにそういう名のなんでもインディアンの言葉、文字として残らなかった、アイヌのユーカラと同じですよ、それを文字に表したというとても賢い方です。シクウォイアが、セコイア。分かります?!
セコイアは、トーテムポールにした木。祈りの木ですから、圧倒的な感動を与えなければならないでしょ、その点でいえば、このセコイアはそんじょそこらの比ではない、
まず、 樹高。平均的な大きさは樹高80メートル、これは世界一。胸高直径は5メートル。樹齢も長い。400年から1300年ほどで、2200年のものも知られている。
さらに、丈夫。驚くべきは、樹皮の厚さ。なん30センチにも及ぶということです。この厚みがなんの役目をするかというと、シェルター!木にとって一番怖いのは山火事。その際にも木の内部を守るんですって、この木の皮が。いったことないんですが、 カリフォルニア州レッドウッド国立公園という公園がある。このレッドウッド、赤い木というのが、セコイア。それは、タンニンの色。柿渋ですよね、これがまた、病原菌や白蟻の侵入を拒むというのです。数千年を生き抜く智恵を持った生命力の象徴のような木なんです。
レッドウッドがイギリスでの名。直訳すると赤樹!そのもの過ぎる!ニュアンスを生かして訳しましょうというので日本名は、『あけぼの曙杉』。曙色のような材。イギリス人はレッドウッドとし、それを曙色とした日本人の色彩感の豊かさ。メタ(meta-)とは、ギリシャ語で、「高次な-」「超-」「-を含んだ」「-の後ろの」等の意味の接頭語。そのセコイアにメタをつけてもらって立っているのが、このメタセコイア。まだ四、五十年。ほんの赤ちゃん、これから数千年の歳月を生きて、樹高80m、胸高直径5mの巨木になるのでしょうか。』

■ メタセコイアの歴史 ~ウィキペディァより~
日本各地の新生代第三紀層に化石が見られ、発見者は三木茂博士。1939年に日本の関西地方の第三紀層で。植物遺体が、常緑種のセコイアに似た落葉種だったので、『メタセコイア』と命名した。当初、「化石」として発見されたために絶滅した種とされていたが、1945年に中国四川省(現在は湖北省利川市)の「水杉(スイサ)」が同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼ばれることも多い。その後、1949年に国と皇室がそれぞれメタセコイアの挿し木と種子を譲り受け、全国各地の公園、並木道、校庭などに植えられている。愛媛県伊予市の市の木に、滋賀県高島市のメタセコイア並木は日本紅葉の名所100選の選定されている。

宮津・長江の磯野ワカメのうまいわけ!
~ワカメで三度ビックリ~
「早春の宮津・長江の磯野ワカメは絶品です。」
そんな話をAさんに話したところ、彼曰く「そういうのは、日本人と朝鮮半島の人達だけだよ。」と。世界共通に食されているわけではないのだというので、まずビックリ。生育するのは、日本でいえば日本海側では北海道以南、太平洋岸では北海道南西部から九州にかけての海岸なんだそうです。イギリスでも、中国でも、フランスでもロシアでもこれを食べる習慣はない。ないものは食べない、それはそうです!
食べるどころか、世界的には、歓迎されていない。本来なかったものが新天地を得て爆発的に生育環境を広げ、生態系を脅かすものを侵略的外来種といいます。ワカメは、くるなよるなとブラックバス並の扱いを受けているというから、二度めのビックリ。しかも、「世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000)」に 選定されているほどのレベル。事情を聞くと、船が運んだ、いわゆるバラスト水というやつ、日本や韓国沿岸の港の海水を積み込んだ船が世界各国の港でそれを海に捨てるのです。その水の中に、胞子が混じり込んでいるのが繁殖している。命は命を提供しあっています。ワカメを食べるものがいない環境に運ばれた胞子もかわいそうです。「ダメだよ、広がり過ぎちゃ!私が食べてあげる」という方がいらっしゃらないでは、増え放題、嫌われ者になるしかないではありませんか。
さて、ワカメを共通に食する日本と韓国とでも食され方に違いがあるます。国民一人あたりの年間ワカメ平均消費量、それを比較した統計があるそうです。では、・・・(ガイドはここで答を言いません。)多食するのは、韓国。実に日本の三倍。女性が妊娠したり出産すると、ワカメスープを毎日たくさん食べるということ。 魚でも何でも、天然物とか養殖物とではかブランドに差がありますが、韓国のワカメは特に天然ものが貴重視され高値で取引されるそうで、天然ワカメが取れる磯や海域は畑や田と同じ不動産扱いというから、三度ビックリ。

山から海への恵み

同じ天然といっても、いいものが育つには、自ずからいい環境が必要です。 長江の磯は、豊かな森を背後に背負い、波見川や世屋川でつながっています。ワカメは秋に発芽し、2月ころから胞子葉を形成し、雌雄の配偶体を成長させ、走遊子を放出後、夏には枯れます。窒素やリンなど栄養を必要としているのがちょうど今、雪解けの水が、森の恵みとして運んでくれているのです。つまり、宮津・長江の磯のワカメと世屋の森のミズナラやシデやブナとは恋人同士!

韓国の森は、戦争で痛めつけられていたり、木を多用する生活様式もあって、日本ほど深くないということを聞きます。韓国だったら、長江の磯のような環境はさぞかし大事にされ、高値で取引されることだろうとか、わかめの栄養成分に関して、高血圧、抗ガン成分など優れた食品であるという研究が進んでいるということですから、それを積極的に紹介して、世界の侵略的外来種ワースト100 の汚名をすすいでやってほしいものだとか、ポケットにたまたまあったなけなしの500円玉が巡り合わせてくれた極上の味をもう一度蘇らせている次第です。

[起]NHK六時過ぎの番組、「今日一日」の「旬を彩る今日の料理」を「それもええやろけどなあ」と思いながら視ています。「これもええぞ!」[承]宮津・長江の「初生ワカメ」とユズポン酢(富士酢に限る)に三宅醤油を少し混ぜ合わせた三杯酢和え・・・。アクのないまろやかな味は、丹後の海の味、世屋の雪の味そのもの。

 私は、何を食わせてもあかんと嘆かれる味音痴です。たいした違いはないと質より量派。この私を、「こんなうまさは初めて」と感動させる絶品です![転]~N君すぐ℡!『東西新聞文化部・山岡士郎君』へ。「だまされたと思って まあ食べに来なさい、わたしあんたをだましたことある?じつに美味しいものだから」と。~実は、干しているおばちゃんに勧められた、「買ってもらえんか、だまされたと思って まあ食べてみなさい食べ方はこうこう」って、500円玉と交換したのです。地元の方が美味しいというのは本当です。
[結]長江では、雲の切れ目の晴をねらってワカメ乾し。その下に、スイセンの群咲き。知る人ぞ知る宮津の春の一コマ。

長江の地滑り防止壁に咲く水仙

 また寒波。テレビでは、新潟上越で「雪解け水を原因とする地滑りがとまらない」と報じています。、これは木子、松尾、上世屋もよそ事ではない事態です。前年は今頃一晩で15センチ積もったと小川雅道君。三八豪雪でも、翌年は、45cm。連続していないのです。去年今年と二年続けての豪雪です。去年は雪解けのあと地滑りで道がブナ林への道が封じられました。雪解けを注視しなければなりません。

世屋街道の入り口の日置、スイセンに続いて、遅まきながら、梅も蕾を膨らませています。金剛心院境内のツバキはすでに満開です。
 さて、スイセン前線、世屋街道を行き来しながら見ているのですが、日置で停滞中!です。地面のものが花を咲かせるのには、まず地面を覆う雪のカバーが外れないことにはなにも始まりません。下世屋は平らな部分でも、地面の見えるところが、拡大しつつあります。しかし、上世屋の残雪は、腰のあたりまで。当分は雪見です。


 例によって、「春が遅い!大きなお世話!春が早かったら上世屋といわんのじゃ、花見なんかいつでもできるわ、春のこなんだ冬があったか、雪見のどこが悪い!」とわけの分からないことをぶつぶつ繰り返しているうちに、ふと光が差したのに気がつきました。

石垣の間に咲く「日置」の水仙
「 雪見!」「そうだ、雪がまだあるんだあ!」スイセンの別名、たしか『せっちゅうか』といったな!「雪中花」。「ツバキ!そうそう ♪酔ってつぶれるこのおれに♪あれ、雪つばきだ」 つまり、インスピレーション。
雪とスイセン、雪とツバキ、これはお互いの相性が実にいい! 雪見と花見をセッティングするかあ!日置で花見、せやの道、ちょっと走れば花見と雪見、これこれ!!
で、どうするの?そんなの簡単だ、と名乗りを上げてくれたのが、『月桂冠あじわいまろやかあとあじすっきり つき』のカップ。「おれ、つこてくれ。20、30コロコロしてる!」
いやそれはありがたい、じゃあと頼もうと思ったところ、思い出したのが、街道の道中の竹君、名前を裏切ってだらしなく雪折れしている、あれに名誉挽回の機会を作ってやったらいいかも」月桂冠つきカップくんの申し出にアイデアをもらって、緑の竹の筒に赤いツバキを生けて白い雪に差す、これぞ雪ツバキ。

雪と椿と水仙

緑の竹の筒に黄色いスイセンを生けて白い雪に差す、これぞ雪中花。他にも春は来ている。フキノトウも使える。菜の花も咲く。これも使える。
そんな経過のにわかづくりの雪の中の生け花展。。並べたのは高原休憩所の下の道のカーブするあたり。とりあえず、20本ばかり。犬の散歩のおばちゃんが通りかかりました。
水仙で雪上アート

 「どう?フィールドアートのパフォーマンス スイセンやツバキから、雪解かしの光がでるンや」
悪くない!笑ってくれました。 「グランドつこて、もっとふやしはったら」
笑って返しました。悪くない!

凍り付いた水仙アート

■ツバキの雑学
①材木  ツバキは生長すると樹高20mほどになる。日本のツバキのほとんどは伐採され、大木は残っていない。(せや姫神社のツバキは貴重です。)印材や将棋の駒に使われている。木質が固く緻密で摩り減らないためである。
②木灰  日本酒の醸造に用いるは木灰は、ツバキが最高とされている。
③木炭   ツバキの木炭は品質が高く、昔は大名の手焙りに使われた。
④椿油   種子(実)を絞った油で高級食用油、整髪料として使われるほか、古くは灯りなどの燃料油としてもよく使われた。 搾油で出る油粕は川上から流して、川魚、タニシ、川えび等を殺すのに使われた。

NHK総合・新日本紀行「小さな花の歌 丹後・上世屋」が今朝放映されました!!

早朝なので、どれだけの人がごらんになるのかとも思いましたが、「今見ている」というメールや「見た」という電話が入ってるとのことです。、、、、、すみません、見ていただいたとの前提のもとに続けますね、、 

あの時期の日本は、たとえていえば、今の時期の日本に酷似しています。その頃、古里が次々と滅びました。丹後半島だけを見ても、30有余の村の灯火が消されたのです。緩やかな、しかし確実な圧倒的な破壊力を持った「津波」が襲ったと私は思います。江宮のねえさんの後ろ姿は、「津波」にさらわれる姿です。

そんな状況の中で、「ここに住みたい、古里をなくしたくない」と小川雅道君は訴えました。そして彼はその言葉を守って、津波に耐え抜きました。それが容易な決意ではなかったことを人生で、そして、今またユンボで雪をかく姿で証明してくれました。

日本は今、また「津波」に襲われました。次の「津波」も予告されています。そんな不安な闇の中、「ここに住みたい、古里をなくしたくない」、彼のその言葉は、なんとしても、バトンしていかなければと思っていました。どんなことがこれから起きようと、その思いさえあれば耐えられる、蘇ることはできるのだと。

3.11の前日、その一日を始めるスタートランナーとしての番組、その35分、その時間の意義は重いものでなければならない、その期待があったのじゃないかと思います。しかし、「小さな花の歌」の意義を説き 「合力」の意味で締めくくる構成、途絶えようとしていた藤織りがよみがえって新しい命を与えられているという報告、添田尚子さんのしっとりした説得力のある語り口。 十二分に期待に応える優れた編集だったと思います。

いろんな見方があって当然なんですが、(当事者としては)、今私たちのやろうとしているエコツーリズムは、この「ここに住みたい 古里をなくしたくない」という思いに答えるものでなければならないと改めて思っているしだいです。※ビデオがありますので、ご連絡ください。

■17日より期待の「ここ丹後」シリーズが始まります。写真&陶器展の会場になる合力の家で今日は、解けてきたとはいえまだ家の前で山をなしている雪の除雪や作品の搬入がされていました。坂野英俊さんが撮影した時期は、『小さな花の歌』のころとちょうど重なります。時代を切り取った写真の数々は、一見の価値多いにあります◇ココ丹後HPhttp://kokotango.jimdo.com/

大阪シニア自然大学校の2012年度の計画について、宮津市に連絡があったということです。今年度は、二回です。一回目 6月1(金)~3日 2回目 8月24(金)~26日ということです。他の施設との競合がある中、使い続けてけいただいてありがたいかぎりです。世屋・高山ガイド部にも、ブナ林コースの再開が見込めないが里山研修は行いたいとのこと、スタンバイはしておいてくれという連絡です。その場合はいずれも中日(土)をあてるということ。要請があれば全力で対応させて頂きたいと思います。
さて、ブナ林は確かにこの部会の売り物ではあります。200年の森の生態系の複雑さは口では伝えがたいものがあります。しかし、それも里山の暮らしが作った一つの姿。この間、わたし達は、丹後半島に息づいた高地集落の里山には、ブナ林以外にも、生活文化、生態系 水田や里の植生、地質地形 等 伝えるのに値するものは、それこそ山ほどあるということを学んできました。どういう要請があっても、対応可能と思っています。
 ブナは、日平均気温が6~7℃ぐらいになれば、開葉、雄花の開花を始めます。 明日の丹後の気温予報は、最高7度、最低2度ということです。 平均4.5度、ブナ林の標高を考えると2~3度は低いので、開葉までにはもう少しかかります。とはいうものの 日の出, 6時37分, 日の入.17 時49分.です。日照時間は11時間になろうとしています。草木の体内時計センサーにスイッチがはいるのはもうすぐです
視野を広く持った研鑽を積んでいきたいものです。

春を待つ干物・・丹後の鮮魚屋 橋立やまいち

美味しい干物も、きれいに並んでお待ちしています (^_^)v

 「また違う顔を見に来ます。」~除雪応援隊について~
19日、里山案内舎発案!ネットワーク世屋のよびかけ、京都府の緊急助成支援で世屋の豪雪地域に対して、除雪応援隊が組織されました。市内周辺の方々に加えて、藤織り保存会、里山案内舎の方など。世屋・高山ガイド部会からは、Mさん、HさんとYが参加しました。様子は、今朝の京都新聞などに掲載されていますので、ごらんになって下さい。

  ▼ H24.2.20.付け 京都新聞丹後中丹版 

京都新聞丹後中丹版・雪かき応援隊

 今回の企画は、『雪がたいへんです、暮らしを押しつぶします。「どうか助けて下さい」』とネットなどに発信し訴えたところ、「こまってはるんやって、自分の力がちょっとでも役に立つかもしれない」と、受け止めて、人が集まって成立したものです。

屋根の雪を降ろします

 世の中どうなっているんだと思うこともたくさんあります。しかし、阪神淡路大震災から東北大津波、原発事故を経験し、今度は首都直下型か東南海大震災が避けられないという不安がある中、「日本は、助け合わないとどうにもならない、しかし、助け合えばどうにかなる!」いわゆる絆意識がしっかりと根付きだしたのかと思います。

屋根の雪を、持ち出します

 終了して、休憩しているときに、参加者の皆さんに井之本さんは藤織りの紹介をしました。Mさんは、べったら漬けのアピール。そして、「ガイドブック」と「エコツーパンフ・また来たい」の配布しながら、雪の下から現れる春を想像したらたのしみじゃないですか、見たいと思いませんかと話を向けたら、ぜひみたい、また来たいという反応。訪問ノートにも「◇上世屋の皆さん、ありがとうございました。また、来ます ◇と~っても素敵なところ!心の・・・(判読不能) ◇除雪作業たのしくできました。景色もとてもすばらしい。また遊びに来ます。ありがとうございました。◇初めてこんな大量の雪に囲まれました。たいへんさと楽しさ、世屋の魅力を感じました。また違う顔を見に来ます。◇初めてで何もかも新鮮でした。世屋も素敵ですね。また来ます」と記帳されていました。参加された方には、雪の中に暮らす人の気持ちを励ます社会的貢献をして頂きました。汗をかいてもらいましたが、そこに楽しみも見つけ出しておられたのです。
 一方、受け入れる地域の人も「抜け目なく」「たくましく」成長しています。集まった人に、手作りコンニャクやぜんざいが振る舞われ、べったら漬けが売られていました。
 雪は資源!人が集まるところ商機あり、 雪が人を集め、地元は人が集まることを商機とし、潤う仕掛けを作って待ち受け、ボランティアの人は、社会的貢献しながらそこに楽しみを見つけ出した!今回の企画には、そういう構図が見られました。こういう仕掛けって、「エコツーリズム」そのものではないですか。 勉強するところも大いにあった企画でした。
 今後、26日には、畑地区、27日にもう一度上世屋地区と二回、計画されています。いずれも、11時公民館到着、16時解散の予定です。~話は飛びます!~今日、その畑地区で雪崩れの合間に顔を覗かせている緑のものを見つけました。ふきのとうです。。植物は日照時間に反応して開花の準備をします。フキノトウは、雪の下でもわずかな明暗の変化を感じ、春の準備をしていたのです。さしもの雪も、日照時間の延びた光によって、どんどん水に姿を変え、紙漉の里の谷川をいわばしっていました。春は間近。春になればその地域でわたし達も活動させてもらうのです。そんなわたし達のわずかな合力が、春の仕事へ村の人が気持ちよく向かえる力になるのならありがたいかぎりです。
26日、27日の除雪応援に都合をつけて頂ける方は、ぜひご参加ください。
屋根を掘り出した応援隊の皆さん

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