宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

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世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

船の雪下ろし!

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(上 網野 浅茂川港 2006/02/06)
日本海側に面した京都北部を「海の京都」というとき、気候は裏日本気候区に属するのですから、「その特徴は冬にこそあります!」こういうべきではないでしょうか!「海の京都は雪国!見所は雪景色と雪の造形」と(^.^)

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(↑ 世屋の里 撮影日時 2013/01/25 15:59:38)
『 雪化粧 はかなく消えてゆきそうな言葉を おまえに教えてやりぬ  万智 』

「越に来て 雪と吹ふきの きびしきに みつからためす 永平の山  与謝野鉄幹」

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(↑ 知恩寺 撮影日時 2013/01/26 10:02:10)

雪の丹後、冬の丹後、、そのロケーションのしみじみとした深い味わい、みずみずしい魅力をもっともっとアピールしていいとおもいます。

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(↑ 上世屋 金治郎さん 撮影日時 2014/03/10 15:29:32)

雪棚田。

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(↑ 上世屋 撮影日時 2013/02/03 17:04:00)

冬丹後・京の雪国「感光」、

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(↑ 傘松ケーブル 撮影日時 2013/01/26 10:49:33 )

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(↑ 伊根湾 奥の雪山が丹後半島の山 撮影日時 2013/01/18 15:52:15)

「海の京都」には雪と熱い地酒が似合うのではないですか(^.^)

ブナ水を満たして冬を過ごす冬水田んぼ、1月18日。

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ブナ林が水に映る自分の姿を楽しんでいるかのような内山山塊の水鏡、

山、里、水、空が一つに収まるフォトスポットです。

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低気圧の次にくる高気圧!そのサイクルに合わせるのはなかなかですけれど、意識していれば出会うチャンスはありますよ(^.^)

さて、平らな尾根筋の向こうに、世屋の里。

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快晴の空が、美しい雲の紋様を見せてくれていました。

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しかし、好天もつかの間。

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あかね色に染まった雲が、うろこ状をていして、天気が下り坂であることをしめしていました。

ちなみに画面左の鼓ケ岳電波塔は、五十河側からは右端にたっています。

 

 

世屋街道龍渓付近!

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(① ↑ 撮影日時 2015/01/17 15:51:35 )

「雪はかなん!」という向きにはUターンをお奨めしますが、冬なら、雪の里、、、、、と思われる向きには「ここからが、冷温帯、山が呼んでます!」

冬、永平寺を訪ねた与謝野鉄幹さん。

「越に来て 雪と吹ふきの きびしきに みつからためす 永平の山」
同行の晶子さん。
「戒保つ わざならはんと 越路なる 法の御山の 白雪を分く」
※越路句行脚 与謝野晶子・寛 昭和6年「傘松・二月號」

そんな気分で、京の雪国・世屋上り、

雪と対話しながらがいいでしょう。いっしょにいきますか、非日常の世界をたのしめますよ

正岡子規さん、石川啄木さん、俵万智さんなどさそってどうですか、というところか゛ここです(^.^)

し゛ゃあ、、いきましょう、、、

「この下に冬籠もりの蟇眠るらん 子規 」

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(②↑撮影日時 2015/01/17 15:59:47 )

『大雪の鴉も飛ばぬ野山かな 子規 』

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(③↑撮影日時 2015/01/17 16:07:18 )

『連なりて幾つも丸し雪の岡 子規 』

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(④撮影日時 2015/01/17 16:07:18)

『一村は雪に埋もれて煙かな 子規』

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(⑤撮影日時 2015/01/17 16:14:28)

『山里や雪積む下の水の音 子規 』

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(⑥撮影日時 2015/01/17 16:23:41 )

『狼のちらと見えけり雪の山 子規 』

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(⑦撮影日時 2015/01/17 16:46:35 )

『 雪化粧はかなく消えてゆきそうな言葉をおまえに教えてやりぬ  万智 』

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(⑧ 撮影日時 2015/01/17 16:49:55)

『 雪ながら山紫の夕べかな 子規』

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(⑨ 撮影日時 2015/01/17 16:54:08)

『 「ゆき! ゆき!」 と全身で子は喜べり犬とおんなじわかりやすさで  万智』

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(⑪撮影日時 2015/01/17 17:06:09 )

『ちらちらと雪になりしかまたやみぬ  子規 』

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(⑫ 撮影日時 2015/01/17 17:09:53)

『 松明に雪のちらつく山路かな  子規』

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(⑬ 撮影日時 2015/01/17 17:15:54 )

『雪の暮れ乾し鮭下げて戻りけり  子規 』

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(⑭撮影日時 2015/01/17 17:25:38)

『寂莫を敵とし友とし 雪のなかに 長き一生を送る人もあり  啄木 』

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(⑮ 撮影日時 2015/01/17 17:41:18)

『頬の雪はらいてくれる指先をたとえば愛の温度と思う 万智 』

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(⑯撮影日時 2015/01/17 18:03:29 )

、、、、、

おつかれさまでした。一服していかれませんか、

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コーヒーいれますよ!

 

 

 

 

 

 

 

里山のパーフェクトプラントとあげるとしたらクズ、根も葉も花も、その用途たるや食用に衣料に薬用に救荒に家畜の飼料に結束具や篭材にと、生活のすべてに及びます。そしてこの繁茂力には脱帽、

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さて、草の繁殖力を余すところなく生かすのが優れたお百姓です。

道端の草を刈り、刈った草を負い畑へ運ぶKさん。

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道はきれいになって人は喜ぶ、畑は土が豊かになって作物は喜ぶ、健康な野菜を食べて子どもが喜ぶ、、、親もやってたことだから草葉の陰の親も喜ぶ、みんな喜ぶ顔が見えて、この草を重荷だと思ったことがないとKさん。

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まさしく現代の「優農」です。

家康さんは おっしゃったそうです。
『重荷が人をつくるのじゃぞ。身軽足軽では人は出来ぬ』と

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《幸せのヒント 「人生の道のりと荷物」》という本多時生(honda@din.or.jp) さんのブログに紹介されていました。

渋いとこ 母が喰ひけり 山の柿    一茶

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日置の柿、1月中旬、今頃まで手つかずで、鳥が寄った形跡はありません。よっぽど渋いのでしょう。

ツグミやヒヨドリもおもっているでしょう、なんてしぶといヤツだ、これこそシブがき!

さて、柿の渋みは、実の中のタンニン細胞に含まれるタンニンが溶けるときに感じる味です。そして、それは、柿が実を守るぶきです。種の保存を図るために鳥に食べてもらうことで種を散布する方法を選んだ柿にとって関心事は、確実に鳥に食べてもらうということです。 いつまでも渋ければ、食べてもらうことは出来ません。

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タンニン物質を固め、水に溶けなくするのにいつゴーサインを出すか、、、、柿は、渡り鳥が飛んでくるときだ!しかし、渡り鳥が飛んでこないときもある、他の木の実が多いときなどは柿が食べられないときもあった、、、、統計を取って、対応を決めたのかもしれないと思うほどです、

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日置の渋柿の木は、おそらくこれからもっと寒く雪が積もるときがくる、その時までタンニン不溶化は控えると決めているのでしょう、、

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人間も商品の出荷時期を高く確実に売れるときをにらんでいます。これは、柿に学んだことかもしれません。

水張り田圃が薄く凍りました、

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さて、水は、おもしろいものです。霰になったり霙になったり雪になったり、また、水になったり、また凍ったり、、、凍ると塊になります,この塊は水に浮きます。沈んだ氷山なんてあり得ません、氷はなんで浮くの?と聞いた子ども時代が懐かしい(^.^)
親はどう説明してくれたのかはわすれました。

「酸素と水素が結びついて水分子。酸素と水素が結びつくのは磁石のようにプラスとマイナスの性質をそれぞれが持っているから、」,,等とはおしえてくれたことはなく、おそらく空気でも入っているのだろうかというようなことだったのでしょう。

「熱エネルギーを多く与えられると動きが激しくなり水分子が繋がっていられなくなる、これが気体。逆に、熱エネルギーを奪うと水分子が動かなくなる、これが個体、つまり氷。熱エネルギーが適度に具体的には0.00℃~99.974℃の間では、水分子は集合した固まりでいながら、自由にあっちにこっちにと動き回っていられる,これが液体、つまり水。」、、、、、このことは後に学んだこと。

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ちなみに、水に浮くのは熱エネルギーを奪われる過程で結びつく水の分子の数の関係なんだそうです。

それにしても、氷、これはね水の分子たちが、熱エネルギーを与えられなくなったので、自由に動けなくなっているんだよ、、、と説明したら、子どもたちはどう反応するのでしょう‥怒られたときといっしょだね、シュンとなってこおっちゃうもの、、、と答えるのでしょうか(^.^)

アルプスへ行ってきなったのか!とおっしゃったので「、、、!」と思いましたが、やっぱり否定しました(^.^)

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丹後アルプス!

それほど、雪の丹後半島は堂々としています。

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(↑ 撮影日時 2015/01/12 13:06)

三重から見た丹後半島、縦貫自動車道から降りたおきゃくさんをまず迎える山になります。

ちなみに、このアルプスの尾根の奥。

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(上 太鼓山からみた野間の谷と世屋高原)

人のくらしがきざまれています。

わすれんといてつかぁさい、京都には海国があるってことを!

「海の京都」これで京都北部一つになって強くアピールしよう、これは素晴らしいアイデアです。

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(↑ 日置海岸から世屋高原 左上のとんがりが岳山。その尾根をスノーシューで歩きます )

さて、もう一つ、わすれんといてつかぁさい、その海国には雪国も山国もあるんです、

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海も山も雪もないんです、ほんとは海・雪・山は一つ、それぞれがそれぞれを引き立て合っておるがですよ、、、

景観もそう、大きな海も一滴の水から、、海の生き物の栄養は山が送る水の中に、、、なんですよ、

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(↑松尾から若狭湾 撮影日時 2015/01/10 16:21)

ここに立てば聞こえる歌!
「川の流れの始まるところ」
♪ 遠い、遠い昔 川の流れの始まるところ
男たちはやけつく陽ざしに 力を求めあった
遠い遠い昔 川の流れの始まるところ
女たちは 緑の大地に 花を咲かせた
遠い遠い昔、川の流れの始まるところ
子供たちは 雲の行く先に 明日の夢描いた

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(↑ 岳山麓の湧水)

♪遠い遠い昔、川の流れに楽園もとめ
子供たちは 欲望の船を いくつもこぎ出した
同じ川のほとり 同じ星のした 僕らは生まれた
分け合うことで 心満たされ いつも笑顔になれた

同じ川のほとり 同じ風の中 僕らは生まれた
愛の意味など 問うこともなく ずっと抱きしめあえた

ひとつの空にひとつの海に 何故人は線を引きたがる
ひとつの空はひとつの海は 誰のものでもない
※ミュージカル 何日君再来       イツノヒカキミカエル
2007年5月、羽原大介作・岡村俊一演出、日生劇場・梅田芸術劇場
日中韓台の複雑な国際関係のなかで歌い続けたテレサテンを主人公にしたミュージカルのオリジナル曲

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海国には雪国も山国もある、、、

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(↑松尾から若狭湾 撮影日時 2015/01/10 16:44

そういう意味では、NHK関西ええトコ、藤岡弘と佐藤唯二人の旅人が訪ねる「冬の丹後半島ふるさとの味」 「丹後半島冬の旅自然が磨く宝物」1/3 、9。

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あれ、ごらんになったかたもおおいでしょう、酒、魚、豆、縄、蟹、染め、水、炭、木、、、海・雪・山一つ、それぞれがそれぞれを引き立て合っている、制作意図がしっかり伝わってきて内容秀逸でしたね。

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(↑ 木子方面 画面右側中央がスノーシューウオークのお昼会場のペンション 撮影日時 2015/01/10 16:44)

研修会をしませんか、あのビデオを肴で!

「おっす!」

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なんて顔の高さでいわれると、え!と思います。でもここでひっくり返っていちゃあブナ林ガイドの名が廃る、

木に登るのかよ?

「のぼって悪いか」
わるかないけれど、木に登るのはアマガエルとモリ青とシュレーゲル、、のはず、、、、

「だれがそういった?」

図鑑、、、

「じゃあいっといてくれ、おれも木に登るって、、おだてられたわけじゃないよ」

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「多少毒ってえのをもっているから、気をつけてくれたほうがいい、、ところがよ、困るのがヤマカガシってヤツ。あいつにはきかねえ、それどころか、あいつ俺の毒を利用して身を守ろうってんで俺たちを好んで喰うんだよ、なんてやつだ、俺みたいなでかいのを丸呑みするんだよ、そんだから、そのかっこうといったら、木槌のようになるんだ、「つちのこ」ってほら、いうだろ、あれってな、俺をヤマカガシがのみ込んだ姿なんだよ、それなのにも肝っ玉のちいさいのが腰を抜かして、特別な妖怪にであったぁなんてさわぐんだよ、みっともねぇことよ、、、」

「これ俺のこどもたち、、」

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「ちなみに、日本のヒキガエルは、鈴鹿山脈以西の近畿地方南部から山陽地方、四国、九州、屋久島に自然分布するというニホンヒキガエルB. j. japonicus と東北地方から近畿地方、島根県東部までの山陰地方北部に自然分布するというアズマヒキガエルB. j. formosus がいるとされているけれどな、そういうことでいやぁおらぁアズマヒキガエルってことになるわな」

のまひきがえる

「、どこがどうちがうかって、あったことないから、しらねぇよ」
高山ブナ林のヒキガエル、かく語りき。

「波浪は天橋立を越す。竹野川沿岸被害甚大。一村 残らず流出の所あり。現峰山町杉谷まで船9隻が流れ着いた。加佐郡田辺は泥海と化す。」※1
にわかに信じがたいこんな大雨大洪水がじつはあったのだそうです。
1443年 のこと、  一村 残らず流出の所あり。というのは、船木庄内の奈具村のことで、生き残った住民は隣村の溝谷村と外村へ避難移住したということ。領主も年貢を取るどころでなく、時の領主一色義範は年貢を免じ大災害に対処した ということ。
嘉吉3年(1443)9月の奥丹後豪雨として記録されているそうです。

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(↑ 左上の独立峰が小金山、右上奥が金剛童子山)

さて、この恐怖の史実の記憶は、薄れます、、、わからないから突然にやってくる自然の変化、よく観察していろという戒めとともにつたえなければならない、、どうするか!そこが人間の知恵、、、物語に、、、物語には主人公が必要です、そこで選ばれたのが、ヘビ!

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例えば、「むかしむかし、吉永のお寺で盆踊りがありました。その時、一度も見たこともない若い男の人がいました。みんな不思議に思いましたが、だれも、どこの人か、知っている人は、一人もいませんでした。次の日も、盆踊りにその男の人が来ました。村の人たちは、その男の後ろからついてどこへ蛙か調べてみることになりました。細い山道をどんどん登って、依遅ヶ尾の近くまでくると、大きながまが谷というところに、堤がありました。男は、その大きな堤に、とびこみました。すると、みるみるうちに、大きなへびになってしまいました。姿を見られたへびは怒って、次の朝、大雨を降らせました。堤の堤防が壊れて、依遅ヶ尾から、多くの土砂が吉永の村に流れ込み、村はうずまってしまいました、、、」

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この怒ったへびの起こした土砂崩れは、「依遅ヶ尾には大蛇が住む」という話に繋がって、そのおろちが麓のお宮の巫女に惚れ、炭のような真っ黒い雲にのって会いに来る、それが210日ごろだという話になっていくという話も伝わっています。※2

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600年まえの丹後豪雨。

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この時のこと、世屋の里でも、、、、、

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棚田の過酷な地形が、耳をすませば語り伝えているのかもしれません。

災害の世紀ともいわれる今日、ヘビがあちこちで怒っています、

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(↑ 成相寺 真向きの龍)

最大の要因は温暖化、その防止は待ったなしということですか゛さて、、、(´・ω・`)

※1丹後の戦国時代 その弐 – 丹後の歴史と伝説。
zarameya.blog.fc2.com/blog-entry-69.html?sp

※2「丹後町の民話」丹後町教育研究会丹後町社会科研究部会 昭和54年刊

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