宮津エコツアー · 世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会

世屋・高山ガイド部会の活動ブログ

「カエデプロジェクト」
2012,3,25

 大江山のぶろぐを拝見。 春を待つ命を守って冬をしのぐうりはだかえでの芽。一カ所から対にでている枝、その小枝の中程のくびれ、さらに枝先の二つのふくらみの大きさの違いなど、いろんな情報をとらえられていて、さすがに心得のある人の撮影だと感心しました。なかなかそういうことをきちんと押さえられません。
 「秋に綺麗に紅葉する。杉山の山肌を彩ってくれます。」と芽が花になり葉になり色づくという変化をまとめようというシリーズです。さらにこれから充実していくのでしょう、楽しみです。
さて、そのカエデ類、世屋高原を構成する定番の植物です。否応なくガイドの対象!さてどうするか!人にとってどういう意味があるのか、といえば、薪、さらにかっては炭にして、今はチップ材として山ごと売るという形で現金収入にあててきたということです。つまり、雑木という位置づけ。それを「新しい資源」にしようとする取り組みがあるそうです。
 こんな話です。・・・・・・
取り組んでいるのは、埼玉県秩父市内の製菓業者(おかしな会)の皆さん。動機は、秩父の特色を打ち出した菓子をつくりたい!イチゴ、シイタケ、キュウリ、ブドウなどの地域の特産品がまず検討されたが、すでに余所がやっている、窮してしまったところで、カエデが囁いたというのです。
『私を使って下さい。』
え?
『シロップをとってください』
シロップって、メープルシロップ?
『そう、メープルシロップ』
だって、あれはカナダの!
『いいえ、私からも出せるのよ』
えーーーー!!
カナダは寒さが厳しいので、メープルの木は、冬に備えて夏の間にでんぷんを生成して蓄え、そのでんぷんが糖分に変わるのだそうです。雪にあたったダイコンやほうれん草が甘くなるのと理屈は同じで、細胞を守るためのアイデア。考えてみたら、樹液は、いたやカエデからもでるが、うりはだかえでからでる、おおいたやめいげつからもでる、やまもみじからもでるわけで、冬の寒さに備える仕組みも共通に備えているはずです。採取時期は2月から3月。日本でも2月の「なきいたや」という言葉があるそうです。厳寒の時期です。理屈に合っています。
昔、インディアンの糖分として貴重なエネルギーとして使われていたメープルシロップを、カナダに入植してきたフランス人が教わり、カナダで広がといいます。秩父は寒さの厳しい山の国、樹液が活用出来るなら資源の山にかえられる!自分たちもそのフランス人になれるか、おそるおそる試みが始まったというわけです。
樹液の採集方法はこうです、、、
・ 木に1cm弱の深さの穴をドリルで開ける。
・ これに管を差し込み、石油用のポリタンクに入れる。
こうして、 1本のカエデから、10日で1kgの樹液が採取でき、煮詰めて50gのメイプルシロップがつくれたそうです。
「いけるなあ!やれるぞ!」
 ここからから立ち上がったのが、「秩父・カエデプロジェクト」
NPO法人や大学で素材研究が行われたり、さらには、カエデの植林にも取り組んでいる。秩父は花粉が発生しやすいスギなどが多かったが、カエデを植え、スギを伐採し、バランスの取れた植林を行うことで、環境整備にも役立っているというのです。さらにカエデを通じて、カナダの都市と提携し、中学生、高校生の留学交流をしたり、カナダで林業を体験できるツアーなども検討されているとのこと。
肝心のお菓子への活用、これはばっちり。カナダでは、お菓子はシロップ、クッキー、チョコなど限られているが、秩父では名産の養蚕をイメージしたマシュマロ「ちちぶまゆ」をつくった。これを05年に研修目的でカナダに渡航したときに持ち込んだところたいへん喜ばれた。
・・・・・・
「お菓子な会」の中村雅夫専務理事から部会の皆さんに【コメント】が届いていますので、紹介します、(これは架空!)。
『一寸の光を見つけようとすることが大切。ただ素材を生かしたものを売り込むだけでは弱い。お菓子にいろいろな「ものがたり」を織り込むことで、それが土産話になり地域のファンを増やすことにつながる。また手探りの中で、一寸の光を見つけることも大切。』
いや、味のあることを語っておられるなァと思いませんか。
一本のカエデからでもお客さんと夢を語り合うことができるんですね。そう出来たら、楽しい一日になること間違いなし。

里山に春を広げる穴
2012,3,24

厚く積もった雪に覆われた棚田も、3月も半ばになると雪が割れ、穴が開きます。前の年の切り株も顔を覗かせます。
 雪がみぞれに変わり、純粋に水だけの雨が降るようになったら、傘をさして静かにその穴を見つめていてください。雨や風や自然の音を聞いているうちに、その音に混じる不思議な声に気づくはず。
きゅるるるるきゅるるるる。
声の聞こえる穴を見ると 水面が水紋を描きます。
何かが動いたのです。
カエル?
そう 蛙です。ヤマアカガエルの産卵。
せやの棚田は、三メートルもの雪に覆われても、水を貯めたまま冬を越す張り水田圃。その水は、至るところからでている湧水。10数度の水温を保っています。その湧きだし口付近から雪が解けるのです。
きゅるるるるきゅるるるる。きゅるるるるきゅるるるる。
声が声を呼びます。
きゅるるるるきゅるるるる。きゅるるるるきゅるるるる。
きゅるるるるきゅるるるる。きゅるるるるきゅるるるる。
オスたちがメスを奪い合う蛙合戦が始まったのです。
さながら子どもたちのプール解禁一日目状態。オスを背に載せたメスはやがて泥の中にじっと身を潜めます。
 この声を聞いたら 次の日も訪れるんですよ。その穴の中には、黒い塊が光っているはず。新しい年の命の塊です。棚田に開いた穴は、命のゆりかご。里山の春は、この穴から広がっていきます。

■ ヤマアカガエル
 丘陵地と山間森林内および、その外縁部にある池、小川、湿地、水田に生息します。
昆虫類や節足動物、貝類、ミミズ等。幼生は雑食で落ち葉や水草、水生昆虫、動物の死骸等を食べます。ニホンイノシシ、動物食の鳥類、ヤマカガシなどの食肉類が、天敵です。人間にも食べられました。
 ヤマアカガエル、ニホンアカガエルは水底の泥の中で冬眠しているそうです。早春に湿地や水田に粘着性がある寒天質に包まれた卵を産みます。その数は1,000個以上。大量に産んでおけば食べられても食べられても数匹は生き残り、種をつなぐことが出来るという戦略です。
 一晩のうちに複数個体が1つの水場に集まり集団産卵することもよくみられます。卵は14日程で孵化し、5-8月ころに変態し、幼体になりますが、成体になるには2-3年程かかります。
京都府要注目種です。水田周辺の環境変化が、生息数に影響しています。
 メスを巡って鳴くオスの声を「ハルウハルウルル」と表現した人もいます。最近はユーチューブで聞くことも出来ますよ。貴方はどう表現しますか。

月は東に昴は西に、いとし殿御はまん中に
               2012,3,24
 江戸三大俳人と言えば、松尾芭蕉、小林一茶、与謝蕪村。すぐにそれぞれの代表作が浮かびます。しかし、松尾芭蕉、小林一茶は人によってかなり違うのではないでしょうか。それに対して、蕪村さん(1716-1783年)の場合は、どうでしょう 。はしたてや 松は月日の こぼれ種! 期待はしても、おそらくあり得ない、10人に問えば7,8人がこの歌を浮かべるに違いありません。
「なの花や 月は東に 日は西に」          
 では、この雄大な光景をどこで蕪村さんはみたのか、その疑問について、実は、ヒントを丹後の民謡から得たのではないか、と推測する研究者があると言います。中学生のころから蕪村にひかれて研究を続けてきた森本哲朗氏。彼は、丹後民謡にある「月は東に昴は西に、いとし殿御はまん中に」という唄を挙げます。
 蕪村さんは「むかし丹後宮津の見性寺といへるに、三とせあまりやどりけり」と『新花摘』に書いたとおり、三九歳のとき京から丹後へ移り、丹後から京へ帰って姓を与謝と改めたと言うことです。丹後在住の折りには地元の俳人と交流し、盆の踊りなどにも参加したことでしょう。そんなときに歌われる言葉の一つ一つを記憶にとどめた言葉の達人の心の中で、「殿御」のかわりに「なの花」を配する構想が浮かんだのではないかと森本さんは想像したのです。
 一般的には、「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾ぶきぬ」(柿本人麻呂・万葉集)を踏まえた発想であると言われるようです。構図としてはつながるとは思います。しかし、その歌には「いとし殿御はまん中に」はないじゃないですか。この俳句の発想は、私達丹後の民謡にあるとする説に賛同したいです。地域への興味を新たにする気分にもなります。それにしても、「殿御」のかわりに「なの花」を配したとしたら、菜の花にどんな思いを託されたのでしょうか。叙景を超えたなまめかしさを感じます。
 丹後半島はかっては、奥丹後半島、さらに遡れば与謝半島とも呼ばれていたそうです。その半島を覆っている雨雲、もう菜種梅雨に入ったのでしょうか。
■ ちなみに・・・・
 蕪村さん、菜の花をいくつも詠みこんでいます
  ○菜の花や 鯨もよらず 海暮ぬ
  ○菜の花や 摩耶を下れば 日の暮るる
   (「摩耶」とは六甲山系の摩耶山のこと)
  ○菜の花を 墓に手向けん 金福寺
研究者によれば、いずれもこの菜の花は在来種アブラナであろうとされます。
 河川敷や堤防、空き地に大きな菜の花畑ができているところがあります。あれは、丈夫で川原や荒れた土地にも繁茂するセイヨウカラシナ。修景用に播種して育成することもあるそうです。null

丹後半島は菱形ブロック
2012,3.24
 大宮町三重から見る内山景観は、文句なく素晴らしい。府道を森本、明田、五十河へと動けば、印象が少しずつ変化するのもおもしろい。 啄木が「山に向かいていうことなし」と謳う私の山をあげるなら間違いなくこの山になる。一番雪の雪化粧、夕陽を浴びた山塊、雪解け模様など、魅力は尽きない。そんな光景を撮った写真を見た人が、「立山連峰へいかはったのか」と聞く。雪をかむって正面に立ちはだかる壁は連峰の趣を備えている。
 さて、視点を変えて上から見ると、丹後半島は菱形をしたブロックなのだそうだ。地震学者で元京都大学総長の尾池和夫さんが「丹後半島の旅」で記しておられる。そういわれて、「にしがき」の地図を見ると、確かにそうだ。網野町浅茂川から野田川四辻、野田川から伊根、伊根から経ヶ岬、経ヶ岬から網野町をそれぞれ辺にしている。
 そのブロックがちょうどKTRの路線を境にするように西側の陸地に接してしている。東北大震災でみんな地質学者になったが、そのプレートテクニクスの理論では、そのブロックが、変形圧力を受けている。圧力が同じ方向に働いていれば問題はない。ところが丹後半島ブロックは舞鶴側から丹後町方面にかけての方向に、西側ブロックは久美浜町から内陸方向に向けての圧力を受けている。専門家は、これを「第四紀になって、丹後半島にはほぼ東西方向(舞鶴側から丹後町方面にかけての方向)の圧縮力と、ほぼ南北方向(久美浜町から内陸方向)の引張力が働き、地殻には北東から南西方向に走る水平右ずれの活断層と、北西から南東方向に走る水平左ずれの活断層が発達した。」と説明する。そして、このような地形を水平上下に変動させる運動が数十万年続いており、1927年(昭和2年)の北丹後地震を起こすなど現在に至っていると言う。一見静まりかえっているような山塊も、内部に目に見えない緊張を秘めている。
その内山を見る場所を最近新たに「発見」した。
 まず、三重のお寺万歳寺。境内に地蔵が立つ。 裾にまつわりつく子ども、抱く子どもに注ぐ眼差しは実に優しい。建立は平成20年、石工さんは地元の方。腕は確かだ。その後ろにサクラの木、そのサクラ越しに内山を望むことができる。 
 もう一カ所は、万歳寺の右手上にある三重の愛宕山。急な石段はスキーのジャンプ台を思わせる。尾根道を少し辿れば神社がある。眼下には圃場整備された森本田圃が美しく、視線をあげれば正面に内山。おおぶなはあの尾根のあのあたりだ、あの尾根からここが見えるのだと楽しむことができる。 知る人ぞ知る一押しのビューポイント。

「ワサビ食う虫も好きずき!」
2012,3.23
ここたんが開催されていたのは、ちょうどお彼岸。合力の家では、塩ぼた餅を振る舞って頂きました。ちょっと砂糖を添えてもらって。貴重品だった砂糖の思い出話が弾んでいました。
 19日には、お薄もいただきました。Kさんが、都合をつけてセットを携えて参加して下さったのです。囲炉裏端で、しゅんしゅんと湧く茶釜から徳さんの手作りひしゃくで汲み上げられ、手際よく立てられた液体は、ブナの新緑色でゆったりと盛り上がっていました。
お茶請けには手作りの、サクラ餅と椿餅。何とも贅沢な一服をいただき、サクラ餅の葉の塩味のまろやかさを口の中で楽しみながら、心の中では、中学校一年生の国語の教科書に載った、植物学者・岩波洋三さんの話を思い出していました。
それは、「花の香りは昆虫を呼び寄せるためであるが、葉や茎、根や実から出るにおいには、どんな役割があるのだろうか」と問いかけ、「植物のにおいは彼らが進化の過程で身につけた自衛のための武器の一種」であることを明かす説明文教材です。その結論を得るために行った実験や観察の記録がさすがに教科書、精緻でいて簡潔なのです。そして、そのような作用を持つ植物のにおいを人間は昔から、病気の治療や予防、食品の保存に活用してきたとして、例に挙げられていたのが、笹餅、ちまき、そして桜餅。その時は、「教材の準備」にお金がかかったものでした。昭和62年初版の本ですから、年齢で言えば40歳前、今から25年ほど前に中学生、だった方には頭のどこかに記憶が残っていらっしゃるかもしれません。
 植物のにおいの力を試す実験の中で印象的だったのは、ミツバチを使ってワサビのにおいの力を試す実験です。こう書いてありました。「おろしワサビ(5グラム)を入れたシリンダーの中では、一分後にはもう飛ぶ力を失って網の上に落ち、二分後にはひっくり返って動かなくなった。」ミツバチも気の毒なことでしたが、文体の小気味よさには酔いしれたものです。
 さて、そのワサビが、世屋の里の雪ズリの斜面でもう葉を伸ばしはじめています。
それを写真に撮りながら、むらむらとわき起こってきたのが、例によってガイド根性。
『お客さんが見つけました。なんですか。ワサビです!』ガイドとしては、ここで組み立てなければならないじゃありませんか。そこで、お客さんを想定してのワサビ話。
◇◇◇◇
つかみはこれでしょう! 「ワサビ食う虫も好きずき!」
・・・・ワサビといえば水、砂地などの透水性のところでないと生えません。水温で言えば16℃以上になるところはダメ。ワサビといえば辛い、 根っこも辛けりゃ、葉っぱも辛い、辛さにおいては、ひけをとらないのがタデ、たで食う虫もすきずき、さて、ここで。ワサビ食う虫も好きずき!これを食べる昆虫はいるでしょうか。いないでしょうか、 いるんですよ。モンシロチョウの幼虫(青虫)。あのかわいらしいのが人でも涙を流すこの辛さになんで耐えられるのか、そこがワサビ食う虫も好きずき!なんでかというと、ワサビはアブラナ科の植物だから。キャベツと同じなんですよ。青虫になってかじってみましょうか!
・・・・まず葉の話でうけたとして第二弾は根の話。根を掘り、場所や条件によりますので当然慎重に扱いながら、抜き取った株を見てもらい、感想をもらう。期待するのは、大きいとか小さいとか。山に自生するワサビは、静岡などの栽培ワサビと大きさを比較すれば、地球と月ぐらいの差があります。栽培ワサビを知っている人は、小さいと反応されるはず。「こんなに小さいの?」種類としては同じなのに、大きさという形でこんなに顕著な違いが生まれているのです。
 「それは、何でだろう」というところへ持ち込めば、ガイドの勝ちですね。水ワサビの根は大きいが、畑ワサビや自生種のワサビの根は小さい。その種明かしをするだけです。
 しかし、その前に、方や流水で純粋にワサビだけを栽培する生育環境、方や他の植物と泥土を共有し競争しながら生きる環境とを思い出してもらっておくといいかなあ、と思います。
山の土壌の中には、たくさんの菌が生育しています。その菌と植物とは、共生しあって生きています。片方がなくなれば片方も生存出来なくなる理屈があります。ある種が、ここで自分だけが生育したいという野望を持つとすれば、その実現のためにどのようなことを考えるか、と言うことです。お客さんに質問してもいいかもしれません。貴方でしたらどうされますか?答は容易にでると思います。「共生関係」を壊せばいい!
 素晴らしい、その通りと持ち上げておいて、実はその通り。「ワサビは、周辺の土壌を殺菌し、根に菌を住まわせる必要がある一般的な植物が生えないようにしている物質を根から放出しているんですって。」その物質はなんというのですかと質問される可能性があります。念のため「アリルイソチオシアネート」とメモして持っておくといいかもしれません。しかし、ここでお客さんに百点満点を与えてはいけません。問題はその物質をワサビが出すこととワサビ自身の大きさとの関係です。でも、その答えももう簡単です。
この物質で、周辺の土壌を殺菌し、根に菌を住まわせる必要がある一般的な植物が生えないようにしているが、ワサビ自身もこの物質によって大きくなれない、自家中毒って言うそうですが、生存競争というのは肉を切らせて骨を断つというか、きわどいものがあるとしみじみというと感動が深まると思いますよ。ここまで来ると、ワサビを大きくするためには、自家中毒の原因物質を取り除いてやればいい、つまりアリルイソチオシアネートを洗い流すための仕掛けを作ればいいと言うことになるわけです。流水と透水性の良い土壌がそれなんです。
・・・・
あとは、時間に応じてワサビをおろす時は目の細かいサメ肌のおろしで、頭(茎)の方から練るようにすりおろします、等とそれぞれのうんちくを傾けると言うことでどうでしょうか。◇◇◇◇

雪は貴重品
2012.3,23
  世屋に上がるときは、日置のスタンドで給油します。ローソンなどではしません。他愛ない会話が楽しいのです。
寒いなあ温いなあ、世屋はどうだゃあなあ!天候や花情報など季節の自然現象がよく話題になります。冬の話題は、雪です。もう降ったきゃァ、まだあるきゃァ。
 「もう日置では雪は貴重品だ!」
開花の遅れている梅も日置では七部咲き。
「そうかぁ 木子の雪持って下りて来たるで、ガソリンと交換してくれるか!」ガソリンの値が上がっています。
おちょくったり、おちょくられたり、他愛ない春の会話です。
 世屋に上がりました、雪を踏んで出入りしていた達雄さんの玄関先まで通路が開いていました。ちずこさんが残り雪をすかしておられました。
「ようとけましたなぁ」
「まんだまんだあるでえ」
屋根ずりの雪を見ると「まあなかなかだけど、」と言わざるを得ません。「そうだなぁ、日置もっていったらガソリンと交換してくれるだってぇ。」ちずこさんが笑ってくれました。
 畦でも春の面積が拡大していきます。そこに顔を覗かせている芽は、やぶかんぞう。子どもの小指の大きさながら、すでに夏の開花へ向け人生一直線の気風を漂わせています。

♪どこかで春が生まれてる 山の3月東風吹いてどこかで芽の出る音がする♪そんな風情の世屋の里の今日この頃。
■ヤブカンゾウ Hemerocallis fulva var. kwanso (ユリ科 ワスレグサ属)
  7〜8月に、茎頂にユリに似た橙赤色で、重咲きの大柄な花を咲かせます。ヤブカンゾウは中国原産の多年生草本であり、栽培されていたものが野化している、ということです。。花は八重咲きで、つまり、3倍体なので結実しないのです。 匍匐茎(ほふくけい、ランナー)を出して拡がり群落を形成します。 堤防や小川のほとり、耕作地の周辺など人家近くに点々と生育が見られますが、過去に栽培されたものが生き残ったり、河川の氾濫にともなって流されたりしたものであろうとされます。
若葉と花は食用になり、乾燥させて保存食とされたり、また、利尿剤として民間薬として利用されたということです。
よく似た種のノカンゾウの花は一重であり、結実します。別名のワスレグサ(忘れ草)は、花が一日限りで終わると考えられたため、英語ではDaylily、独語でもTaglilieと呼ばれる。実際には翌日または翌々日に閉花するものも多いということです。

「里山賛歌」取り組み進む!
  ~世屋の春を楽しむ会に向け~
           2012.3/23
4月30日の世屋の春を楽しむ会に向けて、チラシやパンフレットが印刷の運びになりました。関係者の皆さんにたいへんお世話になりました。これから、一ヶ月の勝負です。
参加費は3,500円としておりますので、ご承知ください。 昨日、プログラム第一部の発表でナレーターをお願いしている三宅さんと音楽をお願いしている安田守彦さんといっしょに、シナリオと写真との読み合わせをしていただきました。七時から九時ごろまで、それはそれは「充実」した時間でした!!シナリオの内容が、ほぼ、確定できましたので、紹介させてもらいます。
タイトルは『太陽と土と木と水と風の村のアルバム』、
・・・・・・
   プロローグ
一章
水が落ちて、土を潤す 森
風が そっと通りすぎる 空
畦道の 小さなささやき
林の梢の かすかな呼びかけ
心すまして 聞いてごらん。
※聴く間を作る
それは 移ろう季節が 大地を歩く音
見えなかった色。 気がつかなかった香り
人と 自然が いっしょに刻んだ 歴史

   二章 回想 ①
雪が解けたら 春祭り
わかいもんにはまけん
シナ事変にいきなったとうきっつあん
マムシに三回、咬まれたタツオさん
ブンジさん うれしげだ
マエダさんもおんなる
村中の子どもをとりあげてもらったんだで
村 総出の運動会

    三章 回想 ②
(間)
ブナの森の水で 米を作り
一握り 一握り 畔の草を刈り
背板を草の山にして
蕎麦を蒔き 藤の布を織り
命の水で結ばれて
太陽と土と 木と水と風の中で
家族を守り
力を合わせ、
里に燃え続けた 命の火

四章
(間)
ゆったりと 大きく呼吸しながら
草の道を、歩こう

  五章 ~エピローグ~
畦道の囁きが はっきり聞こえる
(間)
梢の呼びかけが 心に届く。
「この里は私達の希望だよ」
※希望の意味を内省させる時間を作る
人の命は縦の糸
自然の命は横の糸
だれかがどこかで 機を織る
長い長い 命の帯を織っている
・・・・・
エコツー憲章の趣旨を謳った詩と世屋高原休憩所開所記念の詩を突いて丸めた形で、構成しています。安田守彦さんの奏でるハープギターの音色と三宅さんの変幻自在の語りと60コマの写真で、世屋の里の『賛歌』を作りたいと思います。このあと、曲合わせ、間尺合わせをしていくことになります。スタッフの皆さんの頑張りで、エコツーの新しい財産に仕上がりそうな予感がしています。請う、ご期待!

     180度の角度で里・棚田・谷・山・空を展望できる合力の家の濡れ縁からの景観は一級品です。3月17~20日の四日間のここ丹、上世屋合力の家は、写真展、藁箒作り、そして、白石さんの作陶展等の会場になりました。近辺からたくさんの方に訪れて頂き、濡れ縁からの里山景観に見入っておられました。募金として集まった額も総額7,000円超。大成果です。
     さて、その濡れ縁に『天橋立が出現』といえば、「!!」となりませんか。そうなんです、天橋立がイメージされていたんです。森は海の・・・をあげるまでもなく、ネーミングは決定的な力を持ちます。「世屋の里の天橋立」これには、籠神社からUターンするバスを直進させる力、日置の交差点を直進するバスを左折させる力を感じますよ、感じませんか?但し、その言葉は、白石さんの心の中だけにとどまっていた、悲しいことに、周りは気づいていない、ごらんになった方もそういう目では見られていないはず。
     そう言われたのは最終日、片づけしながらのこと。弓なりの厚手の杉板、その上に黒地に紫の図柄を配した帯地を敷き、そこに数々のミニせわ焼き。國村さんや嶋田さん、三宅さんたちの処女作を展示。その光景を天橋立だと思っていたと。
     聞いて絶句!数々のミニ焼きは6,000本の松並木に見立てられます。全くそのものではないですか。「何で言ってくれなかったんですかあ」。思わず叫ぶと、「え!知らなかった?」と追い打ちをかけられて、またひっくり返りました。
     展示に一言「天橋立」と記しておけば、素人の処女作も光って見えるじゃないですか。
     そんなわけで、今回は残念でしたが、4/30「世屋の春を楽しむ会」には、再現させてもらいます。請うご期待!

 山は更新しないでおけばブナ林になります。更新すれば、ウリハダカエデ、しで、コナラなどの広葉樹林が再生します。世屋の山に林業として、入っておられるのはおもに二つの業者さん。山を買っては切り出し、どちらも紙の材料になるチップにするということです。そのHさんとお話したときに、学校の「メタセコイヤ」が話題になりました。
気候に合うのか、雪にも負けずに成長を続けています。大きい!しかも、黄葉するわ 落葉はするわ という針葉樹らしくない針葉樹。イチョウの巨木がグランドにはありましたが、落雷のため燃えてしまいました。 今では、サクラを押しのけてしまって 一番に目につくのです。

雪の中のメタセコイアとおばあさん
 話したとはいっても、それほどの知識もないものですから、・・・・植えられた経緯 誰がうえたもんか、こうなるとは思ってなかっただろう! どこまで大きくなるもんだか、、、舞鶴にもあちこちの公園にもあるようだが、風を受けて根が浮いたら 建物もおこさないか 怖いほどだ。メタセコイヤの利用価値! 材木には向かない チップの材料だな、・・・・等、うわべをなでるぐらいの話でした。
しかし、上世屋を訪れらたお客さんには、休憩所の巨木に触れないではいられない、あらためて、しげしげと向き合って組み立てておく必要を感じさせられたのは、「成果」です。
 ということで、お客さんを想定してのメタセコイア話を一席。
『 メタセコイア! メタってめたほりっくとかいうでしょ めたっていうのは、接頭語。
メタを取ったら なんになります、「 セコイア」、セコイアの話からしましょう、 これ、人の名前なんですって。 シクウォイア。 チェロキーインディアンにそういう名のなんでもインディアンの言葉、文字として残らなかった、アイヌのユーカラと同じですよ、それを文字に表したというとても賢い方です。シクウォイアが、セコイア。分かります?!
セコイアは、トーテムポールにした木。祈りの木ですから、圧倒的な感動を与えなければならないでしょ、その点でいえば、このセコイアはそんじょそこらの比ではない、
まず、 樹高。平均的な大きさは樹高80メートル、これは世界一。胸高直径は5メートル。樹齢も長い。400年から1300年ほどで、2200年のものも知られている。
さらに、丈夫。驚くべきは、樹皮の厚さ。なん30センチにも及ぶということです。この厚みがなんの役目をするかというと、シェルター!木にとって一番怖いのは山火事。その際にも木の内部を守るんですって、この木の皮が。いったことないんですが、 カリフォルニア州レッドウッド国立公園という公園がある。このレッドウッド、赤い木というのが、セコイア。それは、タンニンの色。柿渋ですよね、これがまた、病原菌や白蟻の侵入を拒むというのです。数千年を生き抜く智恵を持った生命力の象徴のような木なんです。
レッドウッドがイギリスでの名。直訳すると赤樹!そのもの過ぎる!ニュアンスを生かして訳しましょうというので日本名は、『あけぼの曙杉』。曙色のような材。イギリス人はレッドウッドとし、それを曙色とした日本人の色彩感の豊かさ。メタ(meta-)とは、ギリシャ語で、「高次な-」「超-」「-を含んだ」「-の後ろの」等の意味の接頭語。そのセコイアにメタをつけてもらって立っているのが、このメタセコイア。まだ四、五十年。ほんの赤ちゃん、これから数千年の歳月を生きて、樹高80m、胸高直径5mの巨木になるのでしょうか。』

■ メタセコイアの歴史 ~ウィキペディァより~
日本各地の新生代第三紀層に化石が見られ、発見者は三木茂博士。1939年に日本の関西地方の第三紀層で。植物遺体が、常緑種のセコイアに似た落葉種だったので、『メタセコイア』と命名した。当初、「化石」として発見されたために絶滅した種とされていたが、1945年に中国四川省(現在は湖北省利川市)の「水杉(スイサ)」が同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼ばれることも多い。その後、1949年に国と皇室がそれぞれメタセコイアの挿し木と種子を譲り受け、全国各地の公園、並木道、校庭などに植えられている。愛媛県伊予市の市の木に、滋賀県高島市のメタセコイア並木は日本紅葉の名所100選の選定されている。

出会いです!

このホームページを見られた方が、昨日宮津市役所にお越しになりました。

宮津市にお住まいで、退職後、蝶を追いかけて全国・世界を飛び回っておられる方です。美しい蝶の写真をたくさん見せていただき、これほどの種類が大江山や世屋で見られることに感動しました。

(上写真:「元気蝶」ブログより掲載 )

蝶は、種類によって蜜を吸う花や卵を産みつける植物が決まっていることが多いとか。そうした植物は人の手の入った里山などの環境に多く自生しているとのことです。「蝶がやってくる環境は、人と自然が共生してこそ守られる」とおっしゃっていました。

現在、ガイド部会では、ガイドエリアの草刈りやもともとあった植物を増やす活動などの環境整備に取り組んでいます。

たとえば、世屋では、カワラナデシコを里山の保全性を示す指標植物に位置づけて保全に努力していますし、上宮津では宮津街道石畳道の整備や、大江山植林活動に参加して広葉樹の豊かな森を取り戻す活動をしています。

こうした活動は、ガイドにとって、エリアの理解を深め地域に愛着を持つという目的があり、また地域の皆さんに生活エリアを見せていただくことへの感謝の気持ちとして自主的に行なっているものです。そして、さらには植物、そこに生きるたくさんの昆虫や動物を守ることにつながっています。

大江山や世屋にどれだけの蝶が生息しているのでしょうか。まずはガイド部会と交流の場を設定させていただきますね!!

◆「元気蝶」ブログ:エコツーリズム推進協議会事務局にいただいた画像がこちらで見られます。

デジブック『 季節のチョウが舞う 』(京都北部の蝶)
http://blogs.yahoo.co.jp/genpapi 

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